脂肪酸合成
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脂肪酸の合成(しぼうさんのごうせい、:Fatty acid synthesis)は、アセチルCoAマロニルCoAを出発物質として、飽和脂肪酸(特にパルミチン酸)や不飽和脂肪酸オレイン酸など)などが生合成される過程をいう。脂肪酸の合成という場合、長鎖脂肪酸の一つであるパルミチン酸の合成、およびそこからさらに続く炭素鎖の伸長反応や不飽和結合の導入などの過程を指す場合が多い。対して短鎖・中鎖脂肪酸は、より長い炭素鎖の脂肪酸のβ酸化炭水化物発酵などによって生じるため、「脂肪酸の合成」という言葉には通常含めない。飽和脂肪酸の合成は脂肪酸合成酵素(fatty acid synthase; FAS)によって触媒され、I型およびII型の2種類が知られている(FAS IとFAS II)。一方、不飽和脂肪酸の合成には嫌気性および好気性の2つの経路が知られている。大部分の細菌が嫌気性経路を保持しており、好気性経路はシアノバクテリアおよび真核生物に分布している。

脂肪酸はバクテリアおよび真核生物では細胞膜の主要構成物質であるため普遍的に合成されている[1]。対して古細菌では一部の種にしか脂肪酸は見つかっておらず、その役割もよく分かっていない[2]
直鎖型の飽和脂肪酸合成

天然に存在する飽和および不飽和脂肪酸は、多くが偶数炭素数で分岐のない直鎖型の脂肪酸(even-chain fatty acid)である。ただし、種によって分岐脂肪酸で細胞膜の大部分が構成されている場合もある[3]
プライマー合成

脂肪酸合成の出発物質(プライマー)はアセチルCoA(炭素数2)とマロニルCoA(炭素数3)である。ヒトにおいては、炭水化物解糖系を経てピルビン酸に変換され、さらにミトコンドリアにおいてピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体によりピルビン酸からアセチルCoAが生成する。ミトコンドリアで生産されるアセチルCoAは、オキサロ酢酸と共にクエン酸の形で濃縮されて細胞質基質へ輸送され、ATP-クエン酸リアーゼによってアセチルCoAとオキサロ酢酸に分解される。その後の脂肪酸合成は細胞質基質で行われる。

マロニルCoAはアセチルCoAカルボキシラーゼによってアセチルCoAから合成される。アセチルCoAおよびマロニルCoAはまずアシルキャリアータンパク質 (acyl career protein; ACP) と結合して活性化される。したがって、実際の脂肪酸合成反応はアセチルACPおよびマロニルACPが担う。

アセチルCoA(C2) + CO2 + ATP → マロニルCoA(C3) + ADP + Pi

アセチルCoA + ACP → アセチルACP(C2) + SH-CoA

マロニルCoA + ACP → マロニルACP(C3) + SH-CoA

炭素鎖の伸長(パルミチン酸の合成)

飽和脂肪酸の伸長反応は4つの段階に分かれ、アセチルACP(炭素数2)を出発物質としてマロニルACP(炭素数3)が逐次縮合(クライゼン縮合)していく循環回路を構成する。縮合にあたって1分子のCO2が放出されるため、1サイクル(下の4つの反応)ごとに炭素数は2個ずつ増加していく。

段階記述図酵素
縮合反応最初のステップはアセチルACPとマロニルACPの縮合反応である。この結果アセトアセチルACPが生成する。この反応は熱力学的に不利であるが、二酸化炭素の放出によって反応が進行される。β-ケトアシル-ACPシンターゼ
アセトアセチルACPの還元このステップでは、アセトアセチルACPがNADPHによってD-3-ヒドロキシブチリルACPに還元される。二重結合はヒドロキシル基に還元され、D体のみが生成する。β-ケトアシルACPレダクターゼ
脱水この段階ではD-3-ヒドロキシブチリルACPが脱水され、クロトニルACPとなる。3-ヒドロキシアシルACPデヒドラーゼ
クロトニルACPの還元このステップでは、クロトニルACPがNADPHによって還元され、ブチリルACPが生成する。エノイルACPレダクターゼ

反応式で書くと以下のようになる。
アセチルACP + マロニルACP → アセトアセチルACP(C4) + CO2 + ACP

アセトアセチルACP + NADPH → 3-ヒドロキシブチリルACP(C4) + NADP+

3-ヒドロキシブチリルACP → クロトニルACP(C4) + H2O

クロトニルACP + NADPH → ブチリルACP(C4) + NADP+

ブチリルACP + マロニルACP → カプリルACP(C6) + ACP + CO2

反応5は反応1と同じで、生成したC4ブチリルACPに次のマロニルACPが縮合する。炭素鎖の伸長は炭素数16のパルミトイルACPまで継続する(反応1-4が繰り返される)。パルミトイルACPは、チオエステラーゼによってC16パルミチン酸とACPに加水分解される。アセチルCoAとマロニルCoAを出発物質とする場合、偶数炭素数の脂肪酸しか合成されない。ただし、種によってアセチルCoAやマロニルCoA以外のプライマーを基に脂肪酸を合成することもできる。これにより奇数炭素数の脂肪酸や分岐のある脂肪酸が合成される。

パルミチン酸に至るまでの中間物質について、より一般的には炭素数によらない以下の表記を用いる。

3-オキソアシルACP: 伸長サイクルのうち、縮合反応で生じる中間物質(アセトアセチルACPが最小の炭素数)

3-ヒドロキシアシルACP: 1番目の還元反応で生じる中間物質(3-ヒドロキシブチリルACP)

エノイルACP: 脱水反応で生じる中間物質(クロトニルACP)

アシルACP: 2番目の還元反応で生じる中間物質(ブチリルACP)

脂肪酸合成酵素(FAS)

アセチルCoAおよびマロニルCoAの生成以降の合成経路は脂肪酸合成酵素(FAS)によって触媒される。FASにはI型およびII型の2種類が知られている(FAS IとFAS II)。動物、一部の菌類酵母など)、そして一部の細菌マイコバクテリアなど、CMNグループ)がFAS Iをもつ一方、それ以外の生物(大部分の細菌、真核生物および古細菌)はFAS IIをもつ。どちらも電子供与体にはNADPHが利用される。2つのFASは進化的に関連しており、さらにポリケチド合成酵素(polyketide synthase; PKS)とも関連している[4]。上述の反応過程はFAS IおよびFAS IIで共通である。FAS IはFAS IIより効率が下がる分、炭素数16以下の脂肪酸も副産物として一部生成する(C12ラウリン酸やC14ミリスチン酸[5]

FAS Iは単一の巨大なタンパク質で、ACPによる活性化、伸長反応、および最後の加水分解に必要な酵素機能をすべてもっている(下リスト参照)。各機能を担当するドメインがタンパク質内に分散しており、基質はドメインの間で順次受け渡される。ATとMTはFAS Iでは同一のドメインが担う(MATドメイン)。また、ACP自身もFAS Iの中に含まれており、FAS Iは合計で7つのドメインからなる(ACP, MAT, KS, KR, DH, ER, TE)。一方、FAS IIはFAS Iの各ドメインが個別の酵素としてあくまで独立しつつ、それらが集合した複合体を形成している。

ACPによる活性化

アセチルトランスフェラーゼ(AT)

マロニルトランスフェラーゼ(MT)

伸長反応(番号は上の反応式と対応している)
3-ケトアシルシンターゼ(KS)

3-ケトアシルレダクターゼ(KR)

3-ヒドロキシアシルデヒドラターゼ(DH)

エノイルレダクターゼ(ER)

加水分解

チオエステラーゼ(TE)

FAS Iの各ドメインとFAS IIを構成する個々の酵素はそれぞれ相同である。また、進化的に関連するPKSも類似のドメイン構造と反応機構を持っており[4]、さらにI型とII型に分かれる(PKS IとPKS II)。したがって、FASとPKSの進化的起源は一つである。動物のFAS Iは菌類のPKS Iから、また菌類およびCMNグループ細菌のFAS Iは、細菌のFAS IIからそれぞれ別個に進化したと推測されている[4]

FASの基質特異性は必ずしも高くない。例えば大腸菌(Escherichia coli)のもつFAS IIは、プロピオニルCoAをプライマーとして使用すると奇数炭素数の脂肪酸(C11, C13, C15)を合成することができる[6]
パルミチン酸以降

パルミチン酸以降は、さらなる伸長反応(例えばC18ステアリン酸合成)や、不飽和脂肪酸の合成に移行する。炭素数16以上の伸長反応は基本的にはFAS IIが行うものと同じである[7]。細胞質基質ではなく、主に小胞体で行われる。一方、C14以下の短鎖・中鎖飽和脂肪酸(偶数炭素数)は、パルミチン酸などの長鎖飽和脂肪酸のβ酸化、もしくは炭水化物発酵などで生成する。


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