「精霊」とは異なります。
聖霊が鳩のかたちをとって降ったとされる聖書の記述(マタイによる福音書3章16節など)を基に作られたステンドグラス(サン・ピエトロ大聖堂内、1660年ごろ制作)。聖霊がイエス・キリストの弟子達に降ったとされる聖書の記述(使徒言行録2章3節)を基にした、ペンテコステのイコン(18世紀ロシア)。神の母マリアもこの場面に画かれている。
聖霊(せいれい、希: ?γιο Πνε?μα、羅: Spiritus Sanctus、英: Holy Spirit、主にカトリック教会やプロテスタントでの呼称。日本正教会では聖神゚:せいしん[注 1][1])は、キリスト教において三位一体の神の位格の一つ[注 2][2][3]。聖霊について論じる神学を聖霊論という。
本項で扱う聖霊に漢字「精霊」を当てるのは誤字(もしくは誤変換)である[注 3][4][5]。 広く「第三の位格」とも説明される一方で[注 2][2][3][6]、「第三の」といった数え方をせずに「ペルソナ(位格)の一者」[7]「個位(のひとつ)」[1]「神格(のひとつ)」[1]とだけ説明される場合もある。 4世紀に聖霊論を展開した聖大バシレイオス(聖大ワシリイ)は、聖霊に限らず、三位一体の各位格に言及する際に、数を伴わせることに批判的である[8][9][注 4]。 聖霊は愛によって人々を造り、そして幸せへと招いていく役割があるとされる[10]。 キリスト教内の各教派において、聖霊についての捉え方・考え方には、共通する部分と異なる部分がある。 西方教会と東方教会の間には、聖霊が「父(なる神)からのみ発出する」とするか、それとも「父(なる神)と子(なる神)から発出する」とするかを相違点とするフィリオクェ問題がある。正教会の神学者ウラジーミル・ロースキイは、フィリオクェ問題を東西教会の分裂の根源的かつ唯一の教義上の原因であるとしている[11](なお、20世紀末以降、西方教会側で「フィリオクェ」を削除ないし再考[12]する動きが散見される、詳細は後述[13])。 カトリック教会とプロテスタントの間においては、聖霊に関する教理が16世紀の宗教改革において聖書を優先していくプロテスタントの中心にあったとされることがある[14]。
概要
前提:共通点と相違点の存在