聖観音宗
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浅草神社」とは異なります。

この項目では、東京都台東区の浅草寺について説明しています。その他の浅草寺については「浅草寺 (曖昧さ回避)」をご覧ください。
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戦災前の旧国宝の観音堂実測図

戦災前の旧国宝の五重塔実測図
画像提供をお願いします。(2017年11月)

浅草寺
五重塔(左)と宝蔵門(仁王門)(右)
所在地東京都台東区浅草二丁目3番1号
位置.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯35度42分53秒 東経139度47分48.3秒 / 北緯35.71472度 東経139.796750度 / 35.71472; 139.796750座標: 北緯35度42分53秒 東経139度47分48.3秒 / 北緯35.71472度 東経139.796750度 / 35.71472; 139.796750
山号金龍山
宗派聖観音宗(天台宗単立
寺格本山
本尊聖観世音菩薩(絶対秘仏
創建年(伝)推古天皇36年(628年
開基(伝)土師中知(真中知
正式名金龍山淺草寺
金龍山浅草寺
別称浅草観音
札所等坂東三十三観音 第13番
江戸三十三観音札所 第1番
浅草名所七福神大黒天
文化財法華経(国宝)
二天門・伝法院・元版一切経(重要文化財)
公式サイトsenso-ji.jp
法人番号2010505000327
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浅草寺(せんそうじ)は、東京都台東区浅草二丁目にある都内最古ので、正式には金龍山浅草寺(きんりゅうざんせんそうじ)と号する聖観世音菩薩本尊とすることから、浅草観音(あさくさかんのん)として知られている。山号は金龍山。元は天台宗に属していたが、昭和25年(1950年)に独立して聖観音宗の本山となった[1]。都内では坂東三十三観音唯一の札所(第13番)、また江戸三十三観音札所の第1番でもある。全国有数の観光地であるため、正月の初詣では毎年多数の参拝客が訪れ、参拝客数は常に全国トップ10に入っている[注釈 1]

本尊真言:おん あろりきゃ そわか

ご詠歌:ふかきとが今よりのちはよもあらじ つみ浅草にまいる身なれば
歴史東都金龍山浅草寺図 (魚屋北渓画、文政3年(1820年))
創建 - 平安時代

『浅草寺縁起』等にみえる伝承によると、浅草寺の創建の由来は以下の通りである。

飛鳥時代推古天皇36年(628年)、宮戸川(現・隅田川)で漁をしていた檜前浜成・竹成(ひのくまのはまなり・たけなり)兄弟の網にかかった仏像があった。これが浅草寺本尊の聖観音(しょうかんのん)像である。この像を拝した兄弟の主人・土師中知(はじのなかとも [2]、「土師真中知」(はじのまなかち)[3]とも)は出家し、自宅を寺に改めて供養した。これが浅草寺の始まりという。その後大化元年(645年)、勝海という僧が寺を整備し観音の夢告により本尊を秘仏と定めた。観音像は高さ1寸8分(約5.5センチ)の金色の像と伝わるが、公開されることのない秘仏のためその実体は明らかでない。平安時代初期の天安元年(857年天長5年(828年)とも)、延暦寺の僧・円仁(慈覚大師)が来寺して「お前立ち」(秘仏の代わりに人々が拝むための像)の観音像を造ったという。これらを機に浅草寺では勝海を開基、円仁を中興開山と称している。天慶5年(942年)、安房守平公雅が武蔵守に任ぜられた際に七堂伽藍を整備したとの伝えがあり、雷門、仁王門(現・宝蔵門)などはこの時の創建といわれる。

一説に、本尊の聖観音像は、現在の埼玉東京の県境に近い飯能市岩淵にある成木川沿いにある岩井堂に安置されていた観音像が大水で流されたものとする伝承がある。浅草寺創建より100年程前に、岩井堂観音に安置されていた観音像が大雨によって堂ごと成木川に流され、行方不明になったという。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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