聖母マリアへの信心業
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『聖母子と天使 』ボッティチェッリ約1485年

聖母マリアへの信心業(せいぼマリアへのしんじんぎょう、: Marian devotions、聖母への信心)とは、キリスト教におけるイエスの母・マリアに対して行われるもので、「信心業」とは一般概念として、個人の信仰などを祈りによって表す行いを言う[1]。これらの聖母マリアに対する祈り・行いは、聖母マリアに神への執り成しを求めて行われるとされる[2][3]。聖母マリアへの信心業は数多くあり、ロザリオの祈りは最もポピュラーなものの一つで、その他にも、聖体訪問、十字架の道行き[4]、 数日間に及ぶ祈祷をするノベナや、ローマ教皇によるマリア像への戴冠の儀式、東方教会によるイコンへの崇敬、また、祈りの業を伴わないが、スカプラリオを身に着けたり、「マリアの庭園(英語版)」を整備維持することなどが挙げられる[5]
マリア崇敬

おとめマリアに対する信心業は、神に行うような崇拝ではない。カトリック教会東方教会正教会東方諸教会)のマリアに対する見方は、キリストより下位であるが、マリアは他の全ての創造物よりも上位に位置する独特な立場だとする。787年の第2ニカイア公会議では、「ラトレイア(三位一体の神に対し捧げる礼拝)」、「マリアへの特別崇敬」、「天使や諸聖人に対する崇敬(英語版)」の3段階の階層が宣言され、三位一体の神に捧げるものと、マリアに対する崇敬、その他の諸聖人らに対する崇敬が区別された[6][7]

マリアに対する信心業は正教会とカトリック教会、そして聖公会の伝統派においては、重要なものとされているが、ほとんどのプロテスタント諸教会におけるマリアへの見方は、この信心業を受け入れていない。なぜなら、マリアに対する信心は聖書に記録されていないし、聖書によって促されているわけでもないからである。プロテスタント諸派は、これらのマリアに対する信心はキリストから注意をそらすものだとの考えとされる[8]

マリアへの信心業の形態やその構造は、マリアを記念するキリスト教各教派の違いにより、大変多様である。正教会のマリアへの信心業は大変明確であり、典礼と密接に結ばれている。一方、カトリック教会のマリアへの信心業は幅広く行われる。
カトリック教会夜明けの門の聖母」の前で祈る人々 リトアニアヴィリニュス

カトリック教会のマリア神学において、マリアへの信心業は、カトリック教会の伝統の中でも他より目立って顕著である。教皇パウロ6世は、自らの使徒的勧告「聖母マリアへの信心(英語版)」では、その冒頭で「私たちはペトロの司教座と呼ばれるようになったその時より、聖なる乙女マリアへの信心を深めるように絶えず努めてきました。」と述べている[9]

教皇ヨハネ・パウロ2世は自らの使徒的書簡「おとめマリアのロザリオ(英語版)」において、「マリアは造られたもののうちで、最もイエス・キリストと一致しているのです。ですから、人々の魂をイエス・キリストへと聖別し、一致させるために一番必要なことは、その母である聖マリアへの信心業です。」と述べ、マリアへの信心業の大切さを強調している[10]

一般階層では、グリニョンド・モンフォールによる「聖母マリアへのまことの信心(英語版)」のような著作が数世紀に渡って読まれ、このことがカトリック教会におけるマリアへの信心業が大きくなっていく土壌となり、何千万という巡礼者たちが、マリアに捧げられた大聖堂を毎年訪れるようになっていった[11]サポパンの聖母像は毎年10月12日に通りを司教座聖堂から他へと輿で移動し、巡礼者たちを魅了する[12][13]

マリアへの信心業は国家次元での統一をなしうる。グアダルーペの聖母への信心は、メキシコの国家的な象徴であり、1979年には教皇ヨハネ・パウロ2世がメキシコを訪れ、グアダルーペの聖母に加護を願った[14]。これと類似するのは、「シルヴァの聖母(英語版)」に対するリトアニアの国家的規模の崇敬である。なお、リトアニアはスラドケビシウス(Sladkevicius)枢機卿、リトアニア議会議長によって、1991年9月にマリアへ正式に奉献された[15]

カトリック教会においては、教義的に認められてこなかったが、聖人や神学者が強く論じてきた多くの信条があり、マリアへの信心業はこれら結び付いている場合がある。一例として挙げられるのが、マリアへの信心は予定説の兆候だとする信条である[16]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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