日本の政治家美延 映夫みのべ てるお
生年月日 (1961-05-23) 1961年5月23日(63歳)
出生地 大阪府大阪市北区
出身校神戸学院大学法学部
前職服卸会社役員
大阪市会議員
所属政党(自由民主党→)
(大阪維新の会→)
日本維新の会/大阪維新の会
親族美延郷子(母・元大阪市会議員)
公式サイト ⇒衆議院第4選挙区支部長 美延映夫
衆議院議員
選挙区(比例近畿ブロック→)
大阪4区
当選回数2回
在任期間2020年4月16日 - 現職
大阪市会議員
選挙区北区選挙区
当選回数4回
在任期間2003年4月30日 - 2017年9月27日
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美延 映夫(みのべ てるお、1961年5月23日 - )は、日本の政治家。日本維新の会所属の衆議院議員(2期)。大阪市会議員(4期)、大阪市会議長(第109代)を務めた。カタカナ表記の「ミノベテルオ」名義で活動することも多い。安全保障委員会委員。 大阪府大阪市北区生まれ[1]。豊仁小学校、豊崎中学校、清風高等学校、神戸学院大学法学部卒業[1]。 大学卒業後、民間企業に勤務。以後、旅行・貿易・不動産管理の会社で、計15年余勤務した[1]。 2003年、大阪市会議員選挙に北区選挙区から自由民主党公認で立候補し、初当選。以後、大阪市会議員を4期14年務める。 2010年、市議2期目途中に自民党を離党し、大阪維新の会に参加。 2013年5月30日に第109代大阪市会議長に就任するも、自身の政治資金パーティーで市立高校吹奏楽部の生徒に演奏させたことが「教育の政治的中立性の侵害」として問題視され、同年9月26日に不信任決議が可決された(後述)[2][3]。同年12月13日退任。 2017年9月27日、大阪市会議員を辞職[4]。同年の第48回衆議院議員総選挙に大阪4区から日本維新の会公認で立候補したが自民党前職の中山泰秀に敗れ、比例復活もならず落選した[5]。 2020年4月2日、同党の谷畑孝衆議院議員が体調不良を理由に議員を辞職したことを受け、同月16日、中央選挙管理会において比例近畿ブロックで繰り上げ当選となった[6][7][8]。 2021年10月31日、第49回衆議院議員総選挙で前回敗れた中山に勝利し再選。 市議団幹事長時代の2012年5月1日、家庭教育の支援や伝統的子育ての推進などを盛り込んだ「家庭教育支援条例案」の原案を条例案の推進者である辻淳子 この条例案については「発達障害と虐待などが同列に扱われ、人権侵害だ」などの批判が殺到し[13]、5月7日には維新の橋下徹代表も市議団に見直しを要請。同日には発達障害の子どもの保護者らで作る大阪府内の13団体が「発達障害は先天的脳機能障害。条例案の記述は学術的根拠がなく、偏見を増幅する」として、提出中止を求める要望書を市議団に提出。美延は団体の代表らに陳謝した一方、「ある県で議論された案を参考として議員に配っただけで、我々の案ではない」とも釈明。同日に市議会への提案方針を撤回した[14]。 2013年8月31日に開催された国会議員、市議、府議らと支援者ら約600人が参加した美延の議長就任を祝う政治資金パーティーに地元の市立高校の吹奏楽部を招き、演奏させていたほか、前年にも2回、パーティーで演奏させていた。
来歴
政策・主張
日本国憲法の改正に賛成だが、日本国憲法第9条の改正への賛否は明らかにしていない[9]。
憲法への緊急事態条項の創設に反対[9]。
参議院議員通常選挙で隣接する県を1つの選挙区にする「合区」をなくすための憲法改正に反対[9]。
アベノミクスを評価する[9]。
高収入の一部専門職を労働時間規制から除外する高度プロフェッショナル制度の導入に賛成[9]。
日本の原子力発電について「当面は必要だが、将来的には廃止すべきだ」としている[9]。
カジノの解禁に賛成[9]。
日本の核武装について「今後の国際情勢によっては検討すべきだ」としており、非核三原則の「持ち込ませず」の部分についても「議論すべきだ」としている[9]。
受動喫煙防止を目的に飲食店などの建物内を原則禁煙とする健康増進法改正に反対。その理由として「家庭内に法が立ち入る事には反対」と回答している[10]。
人物
家族は、妻、娘2人[11]。
高校時代はハンドボール部で、ディフェンスが得意であった[11]。
大阪天満宮の役員である[11]。
不祥事・騒動
「家庭教育支援条例案」を巡る批判
政治資金パーティーでの市立高校吹奏楽部による演奏