緊急事態条項
[Wikipedia|▼Menu]

国家緊急権(こっかきんきゅうけん、ドイツ語: Staatsnotrecht、英語: emergency powers[1])とは、戦争内乱、大規模な災害疫病テロリズムなど、国家平和独立公衆衛生を脅かす緊急事態に際して、平常の統治秩序では対応できない際に、憲法条項の一部を一時停止し、行政機関などに大幅な権限を与える非常措置をとることによって、独裁を図る権限のことをいう[2][3][4]。また、当該緊急時の特例を定める憲法上の規定を緊急事態条項(きんきゅうじたいじょうこう)という[5]。1789年から2013年までに世界で制定された約900の憲法中、93.2%が何らかの緊急事態条項を有するとされるが、一方で、緊急事態において、法律と同等の効果を持つ政令を内閣が発出することができる旨を憲法に定めているのは7.4%にとどまっているとされる[6][7][8][9]日本においては植木枝盛の『東洋大日本国国憲案』などでも緊急事態条項が明記されていた[10]
概説

緊急権とは立憲主義議会制民主主義文民統制を基調とする国家において、国家の平和と独立を脅かす急迫不正の事態または予測される事態に際して、一刻も早い事態対処が必要と判断される場合において、「立憲的な憲法秩序」[11]を一時停止し、これらの危機を防除しようとする権能である。超実定法的なものとは別に、多くの国家の憲法、特に大陸法をとる国のほとんどの憲法には緊急権の規定があり[12]英米法でも存在していない憲法は少数派である[13]

国家緊急権は、立憲主義国家の下では、立憲主義体制を一時停止して一定の権力集中をともなうのを通例とする[14]。国家緊急権は立憲主義を守るために立憲主義を破るという性格を有するものであることから実定法化には難しい問題を伴う[15]

国家緊急権は抵抗権と同じく立憲主義の擁護を目的に唱えられるものであるが、抵抗権が国家権力による立憲主義への攻撃に対する国民の権利であるのに対し、国家緊急権は立憲主義の防御のために国家権力側が発動する権利であり対照的な構造をなす[16]
国家緊急権の類型

国家緊急権の類型は、いくつかの分類がある。
憲法制度上の国家緊急権と超国家的緊急権

憲法制度上の国家緊急権とは、憲法自身が緊急時に自らの権力を停止し、特定の機関に独裁的権力を与えることを認めるものである[17]。この例としては英米法にあるマーシャル・ローや、ヴァイマル憲法第48条(大統領緊急令規定)、フランスにおける合囲状態(フランス語: l'Etat de siege)などがあげられる[17]。一方で超国家的緊急権が発動される事態は、憲法の枠組みを超え現行の法体系に拘束されない超憲法状態、すなわち違憲状態である[17]
行政型と立法型

憲法制度上の国家緊急権において、緊急権の行使が行政の範囲にとどまるものを行政型という。マーシャル・ローや大日本帝国憲法戒厳令などは新たな立法を制定することはできないため行政型に分類される[18]。これに対してドイツ帝国構成国の緊急命令や、大日本帝国憲法の緊急命令などは立法型に分類される[18]
英米型と独仏型

英米法においては憲法自体に緊急権の規定はなく、コモン・ローや個別立法によって緊急権が定められている[18]。イギリスでは第一次世界大戦後から個別立法制度が採用されるようになり[19][12]、アメリカにおいてはウォーターゲート事件以降立法制度が多く採用されるようになった[12]。イギリスの2004年市民緊急事態法[20]、アメリカの戦争権限法全国産業復興法がこれに該当する[18]。一方でフランス共和国憲法(第二、第四、第五)、ドイツ帝国憲法、ヴァイマル憲法、ドイツ連邦共和国基本法には国家緊急権の規定が存在する[18][注釈 1]
厳格規定型と一般授権型

厳格規定型とは、あらかじめ想定できる非常事態を限定し、要件、手続、効果についても厳格に規定するものである[21]。ドイツ基本法やスウェーデン統治法典がこれに該当する。一般授権型とは、要件などについての規定はなく、一つの権限規定で対応しようとするものである。フランス第五共和政憲法、ヴァイマル憲法がこれに該当する[22]
世界の国家緊急権

憲法に国家緊急に関する規定が無い国は、アメリカ、カナダ、イギリス、日本[23]など少数である。ケネス・盛・マッケルウェイン東大教授の研究によると、1789年から2013年までに制定された約900にのぼる憲法をデータ分析すると、2013年時点で、フランス・ドイツ・イタリア・スイス・スペイン・韓国など93.2%の憲法に何らかの緊急事態条項が含まれている。このデータから玉木雄一郎衆院議員は緊急事態条項は憲法における最も共通した項目の一つと指摘している。日本もオブザーバー参加している、欧州評議会の下に1990年から置かれた憲法の諮問機関として、加盟国に法的助言を行う「ヴェニス委員会」も「憲法に明確な緊急事態権限について定めることこそが、人権保障や民主主義、法の支配にとって有益だ」との見解を明らかにしている。ただし、同じくマッケルウェイン教授の研究によると、緊急時における人権保護規定の停止や緩和規定が憲法に盛り込まれている割合は63.7%であり、過大な権力を委任することには、特に第2次世界大戦後、慎重になっている傾向が見られる。更に、緊急事態において、法律と同等の効果を持つ政令を内閣が発出することができる旨を憲法に定めているのは7.4%にとどまっている。[6]

新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大に伴い、各国では緊急事態宣言の発出や行動規制措置(外出規制、営業規制等)の導入が行われたが、その根拠となる法制はおおむね次の3とおりに大別され、必ずしも全ての国で憲法上の国家緊急権(緊急事態条項)を根拠としたわけではないと考えられる。[24]
憲法の緊急事態に関する規定で緊急事態宣言の発出や行動規制措置した国(イタリア、スイス、スペイン)

憲法に緊急事態に関する規定はあるが、新型コロナウイルス対応については法律の規定による措置を行った国(中国、フランス、ドイツ、韓国、インド)


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:93 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef