この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(このテンプレートの使い方)
出典検索?: "細川俊夫" 俳優
ほそかわ としお
細川 俊夫
1956年
本名細川 常憲[1]
ほそかわ つねのり
生年月日 (1916-09-06) 1916年9月6日
没年月日 (1985-08-08) 1985年8月8日(68歳没)
出生地東京府東京市赤坂区表町[1]
死没地東京都文京区湯島
国籍 日本
民族日本人
職業俳優
ジャンル映画・テレビドラマ
配偶者細川通(妻)
備考
競歩選手としても活躍
テンプレートを表示
細川 俊夫(ほそかわ としお、本名:細川 常憲〈ほそかわ つねのり〉、1916年9月6日 - 1985年8月8日)は、日本の俳優・競歩選手。東京市赤坂区(現東京都港区)出身。父は床次竹二郎の懐刀と言われた政治家の細川政夫[1]。 四男一女の次男。暁星小・中学校に学び、慶應義塾大学文学部仏文科卒業。卒業前に松竹大船撮影所を見学に行った際、端正な容姿から俳優になることを勧められ、大学卒業後の1939年4月に松竹へ入社[1]。同年の映画『あこがれ』で俳優デビュー。1940年に出征、歩兵第一聯隊に入隊(後に九八一部隊と改称)、満州・孫呉県に派遣され陸軍少尉として勤務[1]。1943年に除隊し松竹に復帰して俳優業を再開する[1]。 佐分利信監督の『叛乱』への出演を契機に1954年より新東宝に移籍して活躍し、『ソ連脱出 女軍医と偽狂人』で主演する。新東宝の経営が傾くとフリーランスに移行し、主に脇役として数多くの映画、テレビドラマに出演する。時代劇では上品で端整な容貌から、藩主役が多かった。 大学時代にマラソンを始め、軍隊でも続けていたが、戦後に競歩に転向[1]。
来歴・人物