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やノートページでの議論にご協力ください。この項目では、広島県広島市の繁華街について説明しています。東京都中央区の地名については「八丁堀 (東京都中央区)」をご覧ください。
紙屋町(かみやちょう)及び八丁堀(はっちょうぼり)は、広島県広島市中区にある地域であり、広島市の中心業務地区(CBD)・中心市街地、かつオフィス街・繁華街を形成している。
定義八丁堀西交差点にある「広島城八丁堀外濠跡」石碑
広島市では、
東端…京橋川
西端…旧太田川(本川)・元安川
南端…平和大通り
北端…城南通り
の内側の区域を『拡大都心核』と位置づけており、紙屋町・八丁堀地区とされている[1][2]。特に紙屋町交差点付近を紙屋町、八丁堀交差点付近を八丁堀とすることが多い。
以上の区域を「紙屋町・八丁堀」と捉えた場合に含まれる町名は紙屋町、八丁堀、基町、大手町1丁目、袋町、胡町、本通、新天地、中島町などがある。また、上八丁堀は拡大都心核区域から外れている。
また個別地域ごとに、「紙屋町」と捉えた場合、紙屋町、基町、大手町1丁目、立町、本通、などがある。また、「八丁堀」と捉えた場合に含まれる町名は広義には八丁堀、鉄砲町、胡町、本通、堀川町、新天地などがある。また、紙屋町と八丁堀は広島市の繁華街としてしばしば一体的に捉えられる。
行政区域・商業区域
紙屋町行政区域上での紙屋町。鯉城通りより東側は1丁目。西側は2丁目
1988年 国土交通省撮影
紙屋町の行政区域は、紙屋町交差点(相生通りと鯉城通りの交点)の南に位置している。地名表示は、広島市中区紙屋町(かみやちょう) 1丁目・2丁目。郵便番号は730-0031(広島中央郵便局管区)。
地名の由来は、天正19年(1591年)に伊予国から来往した伊予屋九郎左衛門が紙商を始めたことに由来している。
行政区域とは別に、「紙屋町交差点」周辺は、紙屋町地域と呼ばれ、地方銀行、都市銀行の本支店や保険・証券会社が多くあり、広島市はもちろん広島県の金融・ビジネスの中心として機能している。紙屋町交差点を中心に相生通りが東西方向、鯉城通りが南北方向に延びている。
紙屋町交差点周辺には、金融機能の他に広島市中央公園や広島県立総合体育館といった公共施設、原爆ドームなどの歴史的建物が多く有り、またそごう広島店やエディオン広島本店(旧デオデオ本店)、基町クレド、紙屋町シャレオといった商業施設も集中しており、広島本通商店街も近くにあり、同市のビジネス・商業・観光の複合都心として機能している。また、この交差点周辺には、路面電車(広電)、バス(広島バスセンター)、新交通システム(アストラムライン)のターミナルが集中し、それらが地下街の紙屋町シャレオによって有機的に結合している。より広域的なターミナルのJR広島駅と並び、紙屋町は広島都市圏の交通の要衝となっている。
1965年4月1日の町名の再編で、元々紙屋町だった区域が紙屋町1丁目・2丁目に分かれたほか、旧町名が革屋町(1・2丁目)・研屋町(1丁目)・播磨屋町(1丁目)・猿楽町(2丁目)・塩屋町(2丁目)の一部の区域も、紙屋町になっている[3]
八丁堀行政区域上での八丁堀。南東は八丁堀交差点で、南側に福屋などがある
1988年 国土交通省撮影
八丁堀の行政区域は、八丁堀交差点(相生通り)の北西部に位置している。地名表示は、広島市中区八丁堀(はっちょうぼり)。郵便番号は730-0013(広島中央郵便局管区)。八丁堀の北側には、広島法務局や広島高等裁判所、広島地方裁判所などがある上八丁堀がある。
地名の由来は、現在相生通りになっている、広島城東の外濠の長さが約8丁(880m)であったことに由来している[4]。
行政区域とは別に、相生通りと中央通りが交差する「八丁堀交差点」周辺は八丁堀地域と呼ばれ、福屋八丁堀本店や広島三越などの百貨店が軒を連ねる。近年ではそごう・福屋の二極化が進んでおり、天満屋(天満屋八丁堀ビル)は閉店、三越も店舗縮小が検討されるなど苦境に立たされている。また、八丁堀交差点から南方向に伸びる中央通りにはファッションビルの広島パルコ等が並ぶ商店街が形成されている。
以上の大通りに囲まれるブロックの内部には、中心部商店街の「本通り」や「並木通り」がある。
広島県内最大の歓楽街である流川は、八丁堀交差点の東南側に隣接して存在し、徒歩圏として一体的な街区を形成している。 以下の節では、店舗面積が1万平方メートル以上の大規模な施設や、広域集客能力を持つ施設。また、文化的、公共性の高い施設に限定している。
主要施設
公的施設
広島県庁
広島県警察本部
広島中央警察署
広島市水道局
広島商工会議所
医療機関
広島市立広島市民病院
広島県庁
広島県庁舎東館 広島県警察本部
広島中央警察署
広島市水道局