紀伊富田駅
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紀伊富田駅
駅舎(2005年8月)
きいとんだ
Kii-Tonda
椿 (5.2km) (2.9km) 白浜
所在地和歌山県西牟婁郡白浜町栄609-2北緯33度39分9.94秒
東経135度23分36.21秒
所属事業者西日本旅客鉄道(JR西日本)
所属路線W 紀勢本線(きのくに線)
キロ程272.5km(亀山起点)
新宮から92.3km
電報略号トタ
駅構造地上駅
ホーム2面2線
乗車人員
-統計年度-52人/日(降車客含まず)
-2017年-
開業年月日1933年昭和8年)12月20日[1]
備考無人駅
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跨線橋から新宮方面を臨む

紀伊富田駅(きいとんだえき)は、和歌山県西牟婁郡白浜町栄にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)紀勢本線(きのくに線)のである。
目次

1 歴史

1.1 沿革


2 駅構造

2.1 のりば


3 利用状況

4 駅周辺

5 隣の駅

6 脚注

7 関連項目

8 外部リンク

歴史

1933年12月8日、国鉄紀勢西線の紀伊田辺駅から当駅までの開通にともない開業した。開業時、当時の富田地区の中心地[2]に駅が設けられることになっていたが、住民の反対により少し離れた当地に設置された。その結果、後に富田地区の中心地自体が駅周辺である白浜町栄に移ることとなった。開業当初は終着駅であったが、2年後の1935年3月に国鉄紀勢西線が当駅から紀伊椿駅(現 椿駅)まで一駅延伸されたことにより中間駅となった。
沿革

1933年昭和8年)12月20日 - 国鉄紀勢西線の紀伊田辺駅から当駅までの延伸に伴い開業する[1]

1935年(昭和10年)3月29日 - 国鉄紀勢西線が当駅から紀伊椿駅(現 椿駅)まで延伸される[1]

1959年(昭和34年)7月15日 - 三木里駅新鹿駅の間の開通をもって現在の紀勢本線が全通し、新たに亀山駅と和歌山駅(現在の紀和駅)の間が紀勢本線とされる[1]

1985年(昭和60年)3月14日 - 無人化される(最盛期には駅員が10名配置されていた)。

1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道の駅となる[1]

2002年平成14年)1月27日 - 現在の駅舎の供用を開始する。

駅構造

相対式ホーム2面2線を有する、列車同士の行き違いが可能な地上駅である。駅舎は新宮方面行きホーム(1番のりば)側にあり、ホーム間の連絡は跨線橋による。1番のりばの駅舎脇、椿方には貨物ホームが残っているが線路は撤去されている。

古くからの駅舎は撤去され、2002年(平成14年)1月[3]に完成した介護予防拠点施設「紀伊富田みのり館」と合築の新しい駅舎となった。紀伊田辺駅管理の無人駅であり、自動券売機自動改札機などは設置されていない。駅舎横にトイレが、設置されている。

普通列車のみの停車駅であるが、1978年10月1日(紀勢本線新宮電化前日)までは急行きのくに」のうち、椿発の天王寺行き列車が朝9時台に停車していたこともあった。
のりば

のりば路線行先
1W きのくに線
周参見新宮方面
2紀伊田辺和歌山方面


上表の路線名は旅客案内上の名称(愛称)で表記している。

利用状況

近年の1日平均乗車人員は以下の通り[4]

年度1日平均
乗車人員
1998年171
1999年158
2000年132
2001年102


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