粘着式鉄道
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粘着式鉄道(ねんちゃくしきてつどう、: adhesion railway. adhesion traction)は、駆動力が車輪にかかって車輪とレールの間の静摩擦に頼って走行する鉄道を指す言葉である。粘着 (adhesion) という言葉は摩擦という意味で使われ、レールに車輪がくっつくという意味ではない。目次

1 概要

2 粘着現象

3 クリープ理論の発展

4 粘着係数の変動

4.1 変動要因

4.2 計画粘着係数


5 粘着の改善

5.1 制輪子の改善

5.2 砂撒き装置の使用

5.3 増粘着研磨子の利用

5.4 増粘着材の散布

5.5 摩擦緩和材

5.6 落ち葉対策


6 粘着の有効活用

6.1 多段制御・連続制御

6.2 輪重移動補償

6.3 空転滑走再粘着制御


7 粘着と列車抵抗に基づく牽引定数の計算

8 出典

9 参考文献

10 関連項目

11 外部リンク

概要

多くの粘着式鉄道では、のレールと鉄の車輪の組み合わせが用いられ、車輪とレールの間の転がり抵抗および摩擦係数は極めて小さい。転がり抵抗が少ないことからエネルギー浪費が他の交通機関と比べて極めて小さいという長所を備えている。一方で摩擦係数が小さく車輪がスリップしやすいため、急な加速や減速が難しく、急勾配に弱いという短所もある。このことから、線路の敷設ルートに制限を受けることになる。

コンクリートの路盤をゴムタイヤで走行する新交通システムなども粘着式鉄道のうちであり、摩擦係数が大きくなるため鉄輪鉄軌条式に比べて大きな勾配を許容できる。一方で転がり抵抗は鉄輪鉄軌条式に比べると大きく、エネルギー浪費は増加する。

ラック式鉄道ケーブルカー(鋼索式鉄道)、索道(ロープウェイ)、磁気浮上式鉄道鉄輪式リニアモーターカーなどは、駆動力と制動力が摩擦以外の方式で伝達され、粘着式鉄道ではない。こうした鉄道はエネルギー消費量が増加する欠点はあるものの(リニア誘導モーターでは電力消費が従来の回転型電動機に比べて大幅に多く、ラック式ではラックレールの抵抗によるエネルギー損失がきわめて大きい)、勾配を大きく取れるので、登山鉄道で多く見られる。例えばスイスベルナーオーバーラント鉄道は粘着式鉄道とラック式鉄道の区間が両方ある。

落ち葉、摩耗くずなどがレールに付着した際や湿気の影響などにより、粘着が低下する[1]。粘着式鉄道では多くの機関車砂撒き装置あるいはセラミック噴射装置を備えており、滑りやすい状態では砂を撒いて粘着状態を改善する。落ち葉によって粘着が低下した状態に対処する方法としては、レールの洗浄列車を走らせたりウォータージェットを設置して吹き飛ばしたり、長期間にわたる線路際の植生管理をしたりといった方法がある[2][3]

電動機エンジンで車輪を駆動している時に粘着が失われると空転となり、ブレーキをかけている時に粘着が失われると滑走となる。空転・滑走を止めて再度正しく駆動・制動力がかかるように粘着状態に戻す制御を空転滑走再粘着制御と呼ぶ。

粘着式鉄道における車輪とレールの組み合わせ、レールと車輪の間の摩擦のみで駆動・制動する

ラック式鉄道の車輪とレールの組み合わせ、レールと車輪の間の摩擦の他に歯車を歯軌条に組み合わせており、摩擦だけで駆動・制動していない

ケーブルカーの例、ケーブルで車両を引っ張りあげており、車輪は車体を支えているだけで摩擦は駆動・制動に関与していない

粘着現象

一般的な鉄輪鉄軌条式の鉄道においては、車輪とレールはどちらもわずかに歪んで接触している。例えば新幹線に用いられている新品の車輪を新品の60 kgレールに載せると、1輪あたりの重量8 tの条件で、14 mm×12 mm程度の進行方向前後方向に長い楕円形状の領域で接触する[4]。この楕円形状の領域に発生する力によって列車が支えられ、走行している。

駆動または制動に際しては、車輪とレールの間で前後水平方向に力が働く。レールに対して車輪が滑らずに力を伝達できている時は、摩擦の現象でいう静摩擦力にあたり、滑っている時には動摩擦力にあたる。鉄道では車輪を滑らせずに走行することが基本であるため、静摩擦力の範囲で用いるように考慮されている。車輪とレールの間に働く摩擦力のことを鉄道では粘着力、あるいは接線力、クリープ力などと呼ぶ[5][6]。静摩擦力の最大値である最大静摩擦力は、垂直抗力に静摩擦係数を掛けた値として求めることができ、これを超えた力が働くと物体は滑り始める。鉄道の場合垂直抗力は車輪に掛かっている車体の重量であり、輪重と呼ぶ。粘着力を輪重で割った値を接線力係数と呼び、このうち最大のものを粘着係数と称する[5]。粘着係数が静摩擦係数に相当することになる。この時の粘着力を特に粘着限界と呼んでいる[4]

車輪とレールは、一見お互いに全く滑っていないように思われても、正確に測定するとわずかに滑っていることが分かる。車輪の回転数を測定してこれに車輪の円周長を掛けると、その間の移動距離に正確に一致するはずであるが、実際には一致しない。この微小な滑りのことをクリープ (creep) と呼ぶ[6]。この言葉は一定の負荷が掛かった時の材料の挙動であるクリープとは異なり、また鉄道においてもレールが地面に対してずれる現象をクリープと呼んでいるがこれとも異なる現象である。このクリープ現象に対してすべり率あるいはクリープ率が定義される。すべり率は、円周速度と車両速度の差を車両速度で割った値として定義される[7]。円周速度は車輪の回転速度という意味である。円周速度と車両速度が完全に等しい時が滑りが全く無い時であり、この時すべり率は0になる。 粘着力とすべり率の関係

車輪とレールが接触する楕円形状の領域のうち、弾性変形した状態の領域である固着領域(粘着領域)が進行方向の前側にあり、進行方向後ろ側には車輪とレールが接触していながら相対的に滑った状態にある滑り領域がある。すべり率が増加していくと、固着領域が相対的に減少していき、また接線力係数が増加して得られる粘着力が増加していく。最大の粘着力が得られるのは、完全に滑っていない時ではなく、わずかながら滑っている時であることになる。しかしすべり率がある限界を超えると接線力係数は減少に転じる。この時固着領域は完全に失われて全体がすべり領域となっている。粘着力が最大になる点が粘着限界であり、これよりすべり率が小さい領域を微小すべり領域、大きい領域を巨視すべり領域という[8]

微小すべり領域にあるうちは、粘着力はほぼ静摩擦力として取り扱うことができる。巨視すべり領域に入ると粘着力は動摩擦力とみなされることになる。一度巨視すべり領域に入ってしまうと、すべり率が上がるにつれて粘着が低下してさらに滑るようになる悪循環になってしまうため、空転や滑走を引き起こすことになる。この場合一旦駆動力や制動力を緩めるなどの手段をとらない限り微小すべり領域に戻すことはできない。巨視すべり領域に入ったものを微小すべり領域に戻すための制御が空転滑走再粘着制御である[8]
クリープ理論の発展

粘着力を予測するために粘着現象の理論の発展が行われてきた。鉄道分野におけるクリープ理論は、イギリス人の機関車技術者であったフレデリック・ウィリアム・カーターによるものが始まりとされる。以下、クリープ理論の発達の歴史を主な研究と共に記す。

1874年に、オズボーン・レイノルズにより、ベルトやストラップによる動力伝達の研究の中でクリープの考え方が初めて説明された。レイノルズはクリープは鉄道車輪にも同じく適用できると述べている[9]。その後1916年、カーターにより、鉄道車輪におけるクリープの基本コンセプトが導入され、粘着力がクリープに比例するという仮定が発表された[9]


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