この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(このテンプレートの使い方)
出典検索?: "篠原正記"
しのはら まさき
篠原 正記
本名同じ
生年月日 (1927-01-01) 1927年1月1日
没年月日 (2018-11-01) 2018年11月1日(91歳没)
国籍 日本
職業元俳優
ジャンル劇映画(時代劇・現代劇、特撮映画、トーキー)、テレビドラマ
活動期間1954年 - 1971年
主な作品
『怪獣大戦争』
テンプレートを表示
篠原 正記(しのはら まさき[出典 1]、(1927年〈昭和2年〉1月1日[出典 2] - @media screen{.mw-parser-output .fix-domain{border-bottom:dashed 1px}}2018年〈平成30年〉11月1日[要出典])は、日本の元俳優。本名同じ。 1957年に東宝に入社し専属俳優となるが[1]、それ以前からエキストラとして『七人の侍』の百姓役や『ゴジラ』の船員と新聞記者役などで東宝作品に出演していた。 ジャンルを問わず数多くの映画に出演しており、ひとつの作品で二役、三役を演じていることもある。数ある出演作の中では『怪獣大戦争』でスーツアクターを務めたラドン役が有名だが、これは篠原が自ら志願し、先輩俳優の手塚勝巳の口利きで実現したものである[5]。 1971年の専属俳優一斉解雇の際に俳優を引退し、個人タクシー経営を経て引退。2018年11月1日死去。[要出典]
来歴・人物
主な出演作品
映画
七人の侍(1954年):百姓[注釈 1]
さらばラバウル(1954年):整備兵
ゴジラシリーズ
ゴジラ(1954年):栄光丸の船員[4](上半身裸の男)、しきねの新聞記者[4] [2役]
ゴジラの逆襲(1955年):大阪海上警察官[3][4]、対策本部員 [2役][要出典]
キングコング対ゴジラ(1962年):ファロ島民[出典 3]
モスラ対ゴジラ(1964年):インファント島民[3]、毎朝新聞記者、警察幹部 [3役][要出典]
三大怪獣 地球最大の決戦(1964年):上野公園の野次馬[要出典]
怪獣大戦争(1965年):ラドン[出典 3]、湖畔の野次馬 [2役][要出典]
ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘(1966年):インファント島の原住民[要出典]
怪獣総進撃(1968年):国連科学委員会技師、統合防衛司令部の将校 [2役][要出典]
ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃(1969年):警官[要出典]
ゴジラ対ヘドラ(1971年):麻雀の客[6]、自衛隊下士官 [2役][要出典]
透明人間(1954年) - 銀座の野次馬[要出典]
地球防衛軍(1957年):警備の警官[要出典]
無法松の一生(1958年):人足
裸の大将(1958年):駅の男、闇市の男 [2役]
変身人間シリーズ
美女と液体人間(1958年):クラブ「ホムラ」の客、クラブ「ホムラ」の警官 [2役][要出典]
電送人間(1960年):トラックの運転手[要出典]
大怪獣バラン(1958年):村人[要出典]、漁夫C[7] [2役]
隠し砦の三悪人(1958年):山名の足軽
独立愚連隊(1959年):馬賊の一味
戦国群盗伝 (1959年)
日本誕生(1959年):大和国の民、討手の兵 [2役][要出典]
ハワイ・ミッドウェイ大海空戦 太平洋の嵐(1960年):飛龍の士官[要出典]