第三世界
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「第三世界」のその他の用法については「第三世界 (曖昧さ回避)」をご覧ください。
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第三世界(だいさんせかい、英語: Third World)とは、西側諸国にも東側諸国にも属さない国々を指すものとして冷戦時代に使われた言葉である。これに対して、アメリカ合衆国日本、EU諸国とその同盟国(西側諸国)を「第一世界」、ソビエト連邦中華人民共和国とその同盟国(東側諸国)を「第二世界」という。これは、地球上の国々を政治的・経済的に大まかに3つのグループに分類するための用語である。冷戦が終結し、「第二世界」が消滅してからは、「第三世界」という言葉もほとんど使われなくなり、発展途上国後発発展途上国グローバル・サウスなどの言葉に置き換えられている。第三世界という概念自体が、現在の世界の政治的・経済的状況を表していないことや、歴史的に見ても貧しいとされてきた国々がさまざまな所得段階を経てきたことから、時代に則さなくなっている。

第三世界とは、通常、アフリカ南アメリカオセアニアアジアの植民地時代を経た多くの国を指すと考えられていた。また、非同盟運動に参加している国と同義とされることもあった。ラウル・プレビッシュ、ウォルター・ロドニー(英語版)、テオトニオ・ドス・サントス(英語版)、アンドレ・グンダー・フランクらによる従属理論では、第三世界は、経済的な中核(core)の国々に支配される周辺(periphery)の国々として、世界システム論の経済区分と結び付けられていた[1]

「第三世界」が意味するものは、時代により変化し、また、論者により異なり、「第三世界」という言葉の明確な、あるいは合意された定義は存在しない[1]キューバなどは、共産圏の国でありながらしばしば「第三世界」とみなされていた。多くの第三世界の国々は経済的に貧しく、工業化されていなかったため、発展途上国を「第三世界」と呼ぶことは固定観念となっていた。一方で、「第三世界」という言葉は、インドネシア中国インドのような新興工業国を含むと解釈されることも多く、これらの多くは現在BRICSと呼ばれている。歴史的にはアイルランドスイスなどヨーロッパの中にも非同盟国が存在し、その中には現在も非常に繁栄している国がある。
語源冷戦下(1975年)における3つの世界   第一世界: 西側諸国アメリカ合衆国イギリスNATO日本とその同盟国)   第二世界: 東側諸国ソビエト連邦ワルシャワ条約機構中華人民共和国とその同盟国)   第三世界: 非同盟諸国中立国

フランスの人口統計学者のアルフレッド・ソーヴィ(英語版)は、1952年8月14日にフランスの雑誌"L'Observateur"に掲載された記事の中で、冷戦時代に共産主義のソ連圏や資本主義のNATO圏に属さない国々を指して「第三世界」(フランス語: Tiers Monde)という言葉を作った[2]。これは、フランス革命前のフランスの3つの身分になぞらえたものである。第一身分は聖職者、第二身分は貴族で、それ以外の全ての人々が「第三身分」に分類されていた。ソーヴィは「第三身分のように、無視され、搾取され、蔑まれたこの第三世界も、何かになりたいと思っている」と書いている[3]。ソーヴィは、資本主義圏と共産主義圏のどちらにも属さないという政治的コンセプトを伝えようとした[4]

「第三世界」という言葉が作られたことで、資本主義圏、共産主義圏はそれぞれ「第一世界」「第二世界」と呼ばれるようになり、「3つの世界モデル」が生まれた。
関連する概念
3つの世界モデルと3つの世界論「3つの世界モデル」および「3つの世界論」も参照

毛沢東が提唱した「3つの世界論」は、西側で唱えられた「3つの世界モデル」やその「第三世界」とは異なっている。3つの世界モデルでは中国(中華人民共和国)は第二世界に属するが、3つの世界論では第三世界に属する。毛沢東は、第一世界は二大超大国、第二世界はそれらの同盟国とし、第三世界はそれら以外の、第一・第二世界から搾取されている国で構成されていると定義した。
第三世界主義詳細は「第三世界主義(英語版)」を参照

第三世界主義とは、第一世界の影響力に対抗して第三世界の国々が団結し、他国の内政に干渉しないという原則を主張する政治運動である。この考え方を表現し、実践している代表的なグループとして、非同盟運動77か国グループが挙げられる。これらのグループは、第三世界の国同士だけでなく、第三世界諸国と第一・第二世界の国との間の外交の基盤を提供している。この概念は、独裁国家に対し、人権侵害や政治的抑圧を覆い隠すイチジクの葉を提供していると批判されている[5]
大分岐と大収束.mw-parser-output .tmulti .thumbinner{display:flex;flex-direction:column}.mw-parser-output .tmulti .trow{display:flex;flex-direction:row;clear:left;flex-wrap:wrap;width:100%;box-sizing:border-box}.mw-parser-output .tmulti .tsingle{margin:1px;float:left}.mw-parser-output .tmulti .theader{clear:both;font-weight:bold;text-align:center;align-self:center;background-color:transparent;width:100%}.mw-parser-output .tmulti .thumbcaption{background-color:transparent}.mw-parser-output .tmulti .text-align-left{text-align:left}.mw-parser-output .tmulti .text-align-right{text-align:right}.mw-parser-output .tmulti .text-align-center{text-align:center}@media all and (max-width:720px){.mw-parser-output .tmulti .thumbinner{width:100%!important;box-sizing:border-box;max-width:none!important;align-items:center}.mw-parser-output .tmulti .trow{justify-content:center}.mw-parser-output .tmulti .tsingle{float:none!important;max-width:100%!important;box-sizing:border-box;align-items:center}.mw-parser-output .tmulti .trow>.thumbcaption{text-align:center}}世界の所得分布の大陸別密度関数、対数目盛り。左の1970年のものでは、世界が「富裕層」と「貧困層」に分かれていることが顕著であり、世界の貧困はアジアに集中している。右の2015年のものでは、世界の「富裕層」と「貧困層」の区分けが消え、世界の貧困は主にアフリカに見られるようになった。  アジア・オセアニア  アフリカ  南北アメリカ  ヨーロッパ

多くの場合、第一世界と第三世界は明確に区別されている。北半球がより豊かで発展しているのに対し、南半球は発展しておらず貧しいことが多いため、「第一世界と北半球」、「第三世界と南半球」が結び付けられて述べられることが多い[6]

このような考え方に対抗して、1980年代後半から始まった世界の変化を提唱し、「大収束」(Great Convergence)と呼ぶ学者が現れた[7]。ジャック・ゴールドストーン(英語版)らは、「20世紀において、第一次世界大戦前に大分岐(英語版)(Great Divergence)がピークを迎え、1970年代前半まで続いた。その後、20年間の不確定な変動を経て、1980年代後半には、大多数の第三世界の国々がほとんど第一世界の国々よりも著しく高い経済成長率を達成したことにより、大収束に取って代わられた」と述べている[8]

また、冷戦時代の同盟関係への回帰を指摘する声もある(マキノン(英語版), 2007; ルーカス, 2008)。1990年から2015年の間に、地理、世界経済、そして現在の世界の大国と新興国の間の関係の力学に大きな変化があった。これは、第一・第二・第三世界という言葉の古典的な意味を必ずしも再定義するものではなく、G7EUOECDG20OPECNEXT11BRICSASEANアフリカ連合ユーラシア経済連合など、どの世界の大国や国の連合に関連しているかによって、どの国がそれらに属するかが決まる。
歴史

第三世界のほとんどの国は旧植民地である。


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