竹生島
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竹生島

所在地 日本滋賀県
所在海域琵琶湖
座標.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯35度25分23.8415秒 東経136度08分37.8616秒 / 北緯35.423289306度 東経136.143850444度 / 35.423289306; 136.143850444 (竹生島)座標: 北緯35度25分23.8415秒 東経136度08分37.8616秒 / 北緯35.423289306度 東経136.143850444度 / 35.423289306; 136.143850444 (竹生島)[1]
面積0.14 km²
海岸線長2 km
最高標高197.27[1] m
.mw-parser-output .locmap .od{position:absolute}.mw-parser-output .locmap .id{position:absolute;line-height:0}.mw-parser-output .locmap .l0{font-size:0;position:absolute}.mw-parser-output .locmap .pv{line-height:110%;position:absolute;text-align:center}.mw-parser-output .locmap .pl{line-height:110%;position:absolute;top:-0.75em;text-align:right}.mw-parser-output .locmap .pr{line-height:110%;position:absolute;top:-0.75em;text-align:left}.mw-parser-output .locmap .pv>div{display:inline;padding:1px}.mw-parser-output .locmap .pl>div{display:inline;padding:1px;float:right}.mw-parser-output .locmap .pr>div{display:inline;padding:1px;float:left}竹生島 (滋賀県)
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プロジェクト 地形
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竹生島を空撮全景(遊覧船より)

竹生島(ちくぶしま)は琵琶湖北部にある無人島で、全域が滋賀県長浜市早崎町に属する。琵琶湖では沖島に次いで面積が2番目に広い。琵琶湖国定公園特別保護地区、国の名勝および史跡に指定されている。2015年(平成27年)4月24日、「琵琶湖とその水辺景観? 祈りと暮らしの水遺産 」の構成文化財として日本遺産に認定される[2]
地理的概要

葛籠尾崎(つづらおざき)の南約2kmに位置し、一周は約2km、面積は0.14km2、標高は197mである。島全体が花崗岩の一枚岩からなり、切り立った岩壁で囲まれていることが特徴である[3]針葉樹で覆われた中に寺社が点在する風景の美しさで古来から知られ、琵琶湖八景1950)の一つ「深緑 竹生島の沈影(ちんえい)」として選ばれている。島周辺の湖底は70m前後と深く、西岸付近は琵琶湖の最深部 (104.1m) である。最高地点には三等三角点(基準点名 竹生島、標高 197.27)が置かれている[1]

島の南側に竹生島港と呼ばれる港が1箇所あり、下記「交通アクセス」の項目にある各港からの航路がある。宝厳寺都久夫須麻神社と数軒の土産物店が港の近くに所在する。寺社関係者ならびに店舗従業員は、いずれも島外から通っており、夜間は宿直者が泊まっている。

竹生島の南岸、竹生島港から西に向かって島を回ると竹生島で最も雄大な断崖が広がり、東から順に笈岩、?風岩、富士岩、笠岩、稚児足跡岩、盗賊岩、荒神岩、夕立岩と呼ばれる奇岩が並ぶ。東岸、竹生島港から東に向かって島を回ると仁王崎が南南東に向かって伸び、その根元には都久夫須麻神社本殿、先端には神社拝殿と聖武天皇供養塔がある。さらに東に回ると、?風岩と呼ばれる切り立った崖がそびえ、北東に小島が隣在する。そのさらに北側の崖に霊窟と呼ばれる洞窟が開いており、行者の修行に利用されている。北西には、断崖で囲まれた竹生島の唯一の砂浜である弁天浜が広がる。

2015年(平成27年)12月18日滋賀県教育委員会は竹生島のタブノキ林を、滋賀県天然記念物に指定した[4]
地理・植生

島を形成する花崗岩は約5700万年前の白亜紀末、日本列島が形成されておらずユーラシア大陸の東縁部だった時代に、葛籠尾崎と同じ地層(緑色岩類)の下部に嵌入してきたものである[5][6]。日本列島が大陸から分かれて現在の位置に移動[7][8]するまでの間に、上部の緑色岩類が侵食されて花崗岩が地上に出現した[5]

この花崗岩には顕著な節理が発達しており、割れ目の多い切り立った崖が全島を取り巻く景観を生んでいる。地震の振動や湖水の波の作用によりこれらの節理に沿って岩盤が落下し、その結果、崖には大小の洞窟が形成されている。島の北側の行者洞もその一つである。また、正中2年(1325年)の地震(M6.5)では琵琶湖の北方で山崩れが生じ、竹生島では奥之院が倒壊して湖水に沈んだり、竹生島が崩壊して島の半分が湖水に没したりしたという伝承がある。このような崩壊には節理が大きな役割を果たしたと考えられている[9]

後述のカワウによる害が発生するまでは、島全体が常緑樹で覆われていた。1972年から1973年の滋賀県内植生調査資料によると、当時は、高木層はシイコジイヤブニッケイモチノキなどによって覆われ、亜高木層では、日光があまり注がれない薄暗い環境に適するヤブニッケイやモチノキ、シロダモヤブツバキなどの常緑種を主とし、比較的明るい場所にタラノキが生育していた[10]。低木層ではヤブニッケイやアオキ、ヤブツバキ、チマキザザが多く、林床に生える草本層ではベニシダが多く、次いでヤブニッケイやヤブミョウガ、イタビカズラ、フユイチゴ、アオキ、ジャノヒゲ、イノデなどが生えていた[10]

カワウの爆発的な繁殖以前にはシラサギの大繁殖地として有名であった。特にシラサギ類(ダイサギチュウサギコサギアマサギ)とゴイサギのコロニーは湖北地方で唯一のものであり、長浜市の鳥にシラサギが選ばれる由縁となっている。現在のコロニーは島の西南斜面にあり、2016年8月の調査では250羽のサギ類がカウントされた[11]

その他の野鳥として、都久夫須麻神社と宝厳寺の境内に残る照葉樹林にヤマガラメジロコゲラなどが生息している。かつてはハヤブサの繁殖が確認されていたが、カワウの銃器駆除による影響からか、近年は繁殖が確認されていない[11]
カワウによる糞害

人が往来する場所は島の南の一部に限られており、定期船が発着する港と、港周辺の数店の土産物店と寺社に集中している。終日無人の北部にはカワウ(河鵜、川鵜、 Phalacrocorax carbo)の大規模なコロニーが形成されている。その数は約2万羽にも達し、糞害[12] により木々のほとんどを枯死させてしまう景観被害を及ぼしている。今日では「緑樹陰沈んで」と謡曲で謡われた在りし日の竹生島の姿を見ることはできない。水質の汚染も北側で特に顕著であり、近年では南側にも糞害の影響が及び始めている。

元々琵琶湖においてカワウはほとんどいなく、1934年の『琵琶湖に棲息せる鳥類調査』には、カワウの生息数は非常に少なく、沖の白石高島市)に多くても7、8巣程度と記載されていた。しかし、その3年後の1937年に滋賀県保安課により発表された『鳥獣報告集』にて、竹生島でゴイサギ、アオサギ、ウが増えており、樹木枯死を阻止するため駆除が行われたことが報告されている[13]。竹生島に生息していたサギのコロニーにカワウが侵入したことが初めて確認されたのは昭和52年(1977年)である。その後、カワウは急激に増え、2007年までは3万から4万羽程度で推移していた[10]。このような深刻な状況に滋賀県も対策に乗り出し、営巣妨害のために樹木にロープを張ったり、爆音機や目玉風船による威嚇を行ったりといった対策が取られ始めた。また、2004年度からは有害鳥獣駆除が実施され、もうひとつの滋賀県内での主要なカワウ営巣地である近江八幡市の伊崎半島地区と合わせて、年間1万羽以上が駆除されている。

2007年6月2日には、安倍晋三総理大臣が、嘉田由紀子県知事らとともに長浜港より竹生島へ向かい、カワウによる被害を視察した。


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