りゅうざき かつ
竜崎 勝
本名高島 史旭
たかしま ふみあき
生年月日 (1940-03-25) 1940年3月25日
没年月日 (1984-12-18) 1984年12月18日(44歳没)
出生地 日本・高知県高知市
死没地 日本・東京都
職業俳優・グルメレポーター
ジャンル映画、テレビドラマ
配偶者あり[1]
著名な家族高島郷(長男)
高島彩(長女)
主な作品
映画
『白昼の死角』テレビドラマ
『ワン・ツウ アタック!』
『赤い靴』
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竜崎 勝(りゅうざき かつ、1940年(昭和15年)3月25日 - 1984年(昭和59年)12月18日[1])は、日本の俳優・グルメレポーター。本名および旧芸名は高島 史旭(たかしま ふみあき)[2]。長男は元俳優の高島郷、長女はフリーアナウンサーの高島彩。
東京都世田谷区出身。出生地は高知県高知市で[2]、法政大学経済学部卒業[2]。 法政大学4年在学中、日活ニューフェイス(第5期)に合格。第5期の同期に高橋英樹や中尾彬がいた。 その後、劇団俳優座付属養成所を経て文学座の研究生となる[2]。俳優座養成所には1963年に第15期生として入所しており、同期は夏八木勲、栗原小巻、原田芳雄、前田吟、林隆三、地井武男、高橋長英、秋野太作、浜畑賢吉、赤座美代子、太地喜和子、小野武彦、村井国夫、柴田p彦、溝口舜亮らがおり、後に「花の15期生」と呼ばれた[2]。文学座では劇団員になれぬまま退団した[3]。 本名でテレビドラマ『顎十郎捕物帳』(TBS)で主演の若林豪演じる顎十郎と競い合う同心・藤波友衛役でレギュラー出演後[4]、1969年『絢爛たる復讐』(NET)の主役に抜擢され[3]、竜崎勝に改名する[2]。 竜崎勝に改名後は『飢える魂』(1972年・CX)などの昼ドラや、『赤い靴』(1972年・TBS)などのテレビドラマで活躍する[2]。 1970年代後半に胃潰瘍を発症し、一時は回復するが1984年11月になり体調不良を訴えるようになり、通院しながらレギュラー出演していたテレビドラマ『転校少女Y』の撮影に参加[1]。その後容体が急変、1984年12月18日午前1時に国立東京第二病院(現・国立病院機構東京医療センター)で肝硬変のため死去した。44歳没。この日は『転校少女Y』の放送日でもあり、番組内で追悼のテロップが流された[1]。 追悼出版に峰尾静彦『役者の戦死』(講談社、1986年)がある。
人物
出演
映画
暗黒街の静かな男(1961年、日活)[注釈 1]
花と竜(1962年、日活) - 山下組組員[注釈 1]
男と男の生きる街(1962年、日活) - 刑事[注釈 1]
何もかも狂ってやがる
金瓶梅(1968年、松竹) - 武松[注釈 1]