空気浮上式鉄道
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成田空港で乗客を運ぶオーチス空気浮上式ピープルムーバー水平エレベーター アエロトラン試作2号機

空気浮上式鉄道(くうきふじょうしきてつどう)とは、空気を利用して浮上、走行する交通輸送機関である。鉄の車輪を用いた列車の速度上限が300km程度だと考えられていた1960年代-70年代に、次世代高速鉄道の有力候補になると考えられて、フランスではアエロトラン、イギリスではトラックト・ホバークラフト、アメリカではトラックトエアクッションビークルと呼ばれ開発が進められた。様々な問題点から高速鉄道としての開発は打ち切られたが、後に空港ターミナル間の輸送などの用途で実用化された。

車体を浮かべる原理は異なっているが、磁気浮上式鉄道も"浮上"して走行する為、空気浮上式と混同されることがある。目次

1 概要

2 特徴

3 開発

3.1 初期の努力

3.2 LIM

3.3 磁気浮上鉄道の開発による空気浮上式の衰退

3.4 新たな試み


4 アエロトラン

5 TACV

6 LIMRV

7 TACRV

8 UTACV

9 トラックト・ホバークラフト

10 ハイパーループ

11 空気浮上式新交通システム

12 脚注

12.1 注釈

12.2 出典


13 参考文献

14 関連項目

概要

1960年代末、鉄の車輪を用いた列車の高速化は、蛇行動による振動が原因で140 mph (230 km/h)程度が限界になると考えられ、空気浮上式鉄道は、この問題を低リスクかつ低コストで解決し都市間高速鉄道を実現する物と見られていた。鉄道先進国のフランスではアエロトランホバークラフト発祥の地イギリスではトラックト・ホバークラフト、アメリカのコロラド州プエブロではアエロトランの技術を導入した物が開発されていたが、大半は技術的には未熟で、従来の鉄道システムによる高速鉄道と競うにはまだ十分ではなかった。同年代に開発されていたイギリスのAPTやTGVと比べて建設費が低いと見積もられたが、従来の設備が転用できないため新線建設の費用がかかること、車輪式高速鉄道は速度を落とせば人口密集地の既存路線を利用できることから費用面の優位性は相殺されていた。また、英国鉄道によって、適切な支持装置があれば蛇行動を解決できる可能性が示されたことで、空気浮上鉄道への興味は失われ、オイルショックの中、これらの計画は1970年代半ばに終了した。

その後、ゼネラルモーターズが浮上によって摩擦を無くしリニア誘導モーターで移動するシステムを開発、その事業を受け継いだオーチス社がケーブルによる推進に改良した事で、経済性のある浮上式鉄道が実用化された。この空気浮上式ピープルムーバーは、タイヤ交換に係る部品代、人件費などの整備費用が削減でき、稼働率の高さから予備車両も不要で、浮上に必要な電気代を含めても十分採算が取れるものとして、成田空港第2ターミナルシャトルシステムのように一部の空港等で利用されている。

航空工学に基づいて、浮上に空気力学を利用するエアロトレインのような例もあるが、この場合、停止中は着地する。
特徴

スカートの中に空気を溜めて浮上するホバークラフト型の乗り物は、線路として整備された平坦な路面を走るのであれば、浮上時のエネルギーロスが少なく[注釈 1]、高速走行時なら鉄輪式よりも効率が良い。また、鉄輪は高速走行時に通過曲線の半径が不十分だとフランジが軌道側面に当たって蛇行振動が起こり、140 mph (230 km/h)以上では振動周波数の増加によって転がり抵抗が劇的に増大することで脱線の可能性が高まるが、浮上式鉄道はこの問題を回避できる。車体が浮上しているため、少々の凸凹があっても乗り心地への影響少なく、複雑な懸架装置を省略できる。さらに浮上パッドは軌道表面に与える圧力を大幅に減らし、接地圧は鉄道車両のおよそ1⁄10,000、タイヤのおよそ1⁄20に抑えられる。[1]

これらの要素により、空気浮上式鉄道は既存の道路と似た低規格な軌道で走行でき、従来の鉄道に必要とされた複雑で高価な軌道よりも、新路線の建設費を大幅に削減できると考えられていた。
開発
初期の努力

初期の空気浮上式鉄道の概念の一つに1930年代初頭にフォード・モーターの技術者だったAndrew Kucherが圧縮空気を浮上に用いる概念を発表した。これは後のLevapadの概念でポペットバルブのような形状の小さい金属の円盤から圧縮空気を噴き出すというものであった。Levapadは浮上には金属面や同じくらい平滑な工場の床のようなコンクリートのかなり平坦な表面が必要だった。Kucherはフォード科学研究所の副所長に就任後もLevapadの概念の開発を継続した。[2]

1950年代まで車両に導入しようとする表立った動きは無く、高速走行時に蛇行振動問題を避ける為に、従来の鉄の軌道上をLevapadのような装置を使用して走行するいくつかの試みがあったに過ぎない。1958年のモダン・メカニックスにLevapad概念の最初の一般的な導入の一つを紹介した記事がある。その記事では自動車に焦点をあてており、フォード社のGlideairを元にしているがKucherは私たちはGlideairは高速陸上交通の新しい形態でおそらく約1000マイル以上の距離の鉄道の旅行の分野を見込んでいると記している。[3] A 1960 ポピュラーメカニクスの記事では複数の異なるグループの空気浮上式鉄道の概念の提案を記している[2]
LIM

同時期Eric Laithwaiteは玩具的な段階ではあったが、最初の原理的なリニア誘導モータ(LIM)を製作した。LIMは複数の異なる方式が作られたが従来の電動機であれば複数の可動部で構成されたのに対して単純な構造で金属板が軌道上に配置されているだけだった。電流を流して励磁されたコイルによって発生した磁場によって金属板内で短時間のヒステリシスを伴って誘導電流が励起される。[4]

コイルに電流を流すタイミングを注意深く切り替えることによってコイル内とリアクションレールの磁場がヒステリシスによって相殺される。相殺の結果リアクションレールの正味の推力はLIMを通してそれ自体をいかなる物理的接触を介さずに引っ張る。LIMの概念は交通機関の分野において可動部品の無い電動機によって大幅に整備の手間を減らすことが出来るので、大いに検討された。[4]

LaithwaiteはLIMが高速鉄道に完全に適合すると提案して椅子に4輪の車体をつけたLIMで動かす模型を作った。[5]実演の成功後、彼はイギリス国鉄にLIMを小型のLevipadに似た浮上装置を使用した軌道上を走行する小規模の実験への投資を求めた。

イギリスのトラックト・ホバークラフト社の調査により40トン、100人乗りの空気浮上式鉄道の場合、400 km/h (250 mph)で70 km/h (43 mph)の向かい風の場合、空気抵抗の為に2,800 kW (3,750 hp)が必要と試算された。しかしながら車両は浮上する為に2,100 kW (2,800 hp)が必要と試算された。合計4,900 kW (6,600 hp)は、既存の運行されている貨物用の機関車ではありえない数字ではないが、これらの重量は80 トンで大半は電圧制御と変換装置だった。トラックト・ホバークラフトは軽量に設計されていたので車載は出来ず、これらの推進に要する高価な機材を全路線に渡って軌道上に分散配置する必要があった。[6]

しかしながら、PTACV実証機は重量が64,000ポンド (29 t)、60座席で142 mph (229 km/h)で走行時に浮上、案内にはわずか560 kW (750 hp)だけが必要だった。[7]フランスのI80 HV (80座席)は類似の指標で431 km/h (268 mph)に到達した。
磁気浮上鉄道の開発による空気浮上式の衰退

磁力で列車を浮上する概念は、空気浮上式鉄道の開発試験中に既に検討されていた。


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