積極思考
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楽天的・楽観的な思考・性格については「楽天主義」をご覧ください。

積極思考(せっきょくしこう、: positive thinking ポジティブ・シンキング)は、なんでも前向きに物事を考えればそれは実現し、人生はうまくいく、という考え方[1]、物事の良い面を見ようと努め、ポジティブな姿勢を保ち、「思考そのもの」を変えることで現実を変えることを目指す思考法である。ポジティブな思考はポジティブな現実を、ネガティブな思考はネガティブな現実をもたらすとされる。引き寄せの法則(英: law of attraction)、精神科学(英: mental science)、実践的キリスト教(英: pragmatic Christianity)、心の科学(英: science of mind)、実用的形而上学(英: practical metaphysics)、神の科学(英: divine science)とも[2]。19世紀半ばにアメリカで起こったキリスト教の異端的潮流ニューソートに始まると言われる、比較的新しい考え方である。

心や思考の性向が健康や経済状態として表れる、思いは物理的現実になるという考え方は、ニューエイジ精神世界、スピリチュアル、自己啓発セミナーにも取り入れられており、現代の成功哲学やビジネス本、自己啓発本、就活本、スポーツやビジネスの成功のための様々なツール、健康や信仰など、現代社会への影響はかなり大きく、相当な広範囲に深く定着している[3]

アメリカでは「動機づけの心理学」とも呼ばれ、人生論などを分かりやすく書いたハウツー本、自己啓発本セルフヘルプ本)に最もよく見られる考え方である[4]。このような発想はアカデミックな心理学に対し、ポップ心理学と呼ばれる[4]

積極思考は、時に認知を歪めることもある。現実を楽観的に捉え正確に把握できない「楽観主義バイアス」、ポジティブな妄想を強めるという指摘もある[5]。積極思考では、自分の力が及ばないことが起こると考えたり、未来の破滅を恐れるのは、自己の変革が必要な証拠だとされる[6]。現実はすべてその人の思考次第という考えは、科学的に証明されておらず、疑似科学と呼ばれており、多くの科学者は支持者たちが科学概念を捻じ曲げて援用していることを批判している[7][8]。また、現実の環境への興味を失わせ、悪や災厄への注意を向けさせないようにする論理であり、論理的には飢餓や戦争など不幸な目に合うのはその人の自己責任、自業自得という結論を導くという指摘もある[6]。ビジネスや投資において正確な判断・決定を阻害し、サブプライムローンなど市場の問題へ影響を与えたという意見もある[5]

哲学の楽天主義、心理学のポジティブ心理学とは異なる。
歴史

19世紀にアメリカ合衆国で生まれたキリスト教の異端思想で、メスメリスト催眠治療家)・心理療法家フィニアス・クインビー(1802年 - 1866年)に始まるニューソートに由来すると考えられている。ニューソートは、個人主義、自己責任主義、反宗教(反伝統的キリスト教)、汎神論、健康第一主義、思考の現実化、精神の物質化、精神療法重視などを特徴とする。

積極思考のアイデアは、近代神智学を作ったオカルティストのヘレナ・P・ブラヴァツキーによる1877年『ヴェールを剥がれたイシス』で触れられていると言われ、近代神智学はヒンドゥー教を取り入れたため、ヒンドゥー教にあったアイデアだとされることもある[2]。またニューソートの著作家・自己啓発作家ジェームズ・アレン (作家)の1902年『As a Man Thinketh』にもあり、アレンはユダヤ教箴言第23章第7節に由来するとしている[2]神智学協会のウィリアム・クアン・ジャッジ(英語版)の1915年の本、神智学協会アニー・ベサントの1919年の本にも見られるという[2]

ニューソートの積極思考は、1950?60年代にアメリカ文化に展開し、自己啓発や話し方トレーニングコース開発者のデール・カーネギー(同姓の鉄鋼王は無関係)『人を動かす』(1936年)、自己啓発ライターのナポレオン・ヒル思考は現実化する』(1937年)、アメリカ・オランダ改革派教会を率いた牧師のノーマン・ヴィンセント・ピール『積極思考の力』(1952年)、モチベーション研究者・リーダーシップ教育のコンサルティング会社社長のデビッド・ジョセフ・シュワルツ・ジュニア(英語版)『大きく考えることの魔術』(1959年)などに見られる。カーネギーやヒルの本は大恐慌のアメリカ人を鼓舞し、対人関係が仕事で重要になる時代にマッチしていた[4]。ヒルの『思考は現実化する』は、ニューソート思想のビジネスの世界への応用、自己啓発思想とビジネスの親和の重要な起点になっている。

1960年代にアメリカで起こったヒューマンポテンシャル運動の潮流の中で、元セールスマンで自己啓発セミナーのマインド・ダイナミックス(英語版)のトレーナーだったワーナー・エアハードは、1971年にエアハード式セミナー・トレーニング(英語版)(略称:est、エスト)という自己啓発セミナーを始めた。エアハードは、高学歴のヒューマンポテンシャル運動の中心人物たちと異なり、高卒でセールスマンになり、セールス・トレーナーになった生粋のセールス・ワーカーであり、マクスウェル・マルツ(英語版)の『サイコ・サイバネティクス(英語版)』やヒルの『思考は現実化する』などの自己啓発書セルフヘルプ本、アメリカに昔からある成功哲学に関する書籍を大量に読み学んだ[9]。エアハードはに大きな影響を受けており、ヒューマンポテンシャル運動のテクニックを学び、ニューソートに始まる積極思考の系統を掘り起こし、自己啓発・セルフヘルプ、成功哲学をつぎはぎしてアメリカナイズし、estを作った[9]。エアハードによって、ヒューマン・ポテンシャル運動ははっきり変質したと言われる[9]

素朴だったアメリカの積極思考は、estによって極限まで推し進められた[9]。estは自己責任を強調し、「すべての人間は自分の人生を全く自分で作るものであり、どんなことが起こっても自分に責任がある」という綱領を掲げて活動した[10]。ここからは、estを身につければその人自身がその人の宇宙を創造する万能の力を手に入れるというメッセージを読み取ることができた。estは自己啓発セミナーの草分け的存在になり、アメリカで大流行し、莫大な利益を稼ぎ出した[11]。ヒューマンポテンシャル運動の中心エスリン研究所のメンバーは、estの綱領の社会意識と共感の欠如、歴史認識の欠如、しつこい勧誘、秘密めかしたエアハードの性格、estの脱税の噂などの問題に悩むようになった[12]。エアハードの友人でエスリン研究所設立者マイケル・マーフィー (著作家)(英語版)とエスリン研究所所長のジョージ・レンナード(英語版)は、個人的にはestが倫理や良識に反していると考えており、マーフィーとエアハードの間では激しい議論が交わされることもあったが、マーフィーもレンナードも公式にはestを擁護し、estに大きな改革が起こることはなかった[12][11]

ヒューマンポテンシャル運動に元々あった「全ては個人の責任」だという倫理は、ワークショップに参加することの冒険的な面と利点を表し、同時に外部からの非難への対応でもあったが、そうしたバランス感覚は失われていった[6]。政治学者でジャーナリストのウォルター・トルーエット・アンダーソンは、全宇宙を人間の意思で従わせることができるという狂信のようなものになっていったと述べている[6]


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