穂積押山
[Wikipedia|▼Menu]

 凡例穂積押山
時代古墳時代後期
生誕不明
死没不明
官位??国守/下??国守
主君継体天皇
氏族穂積
父母父:穂積鎌子
母:尾治臣勝雄娘阪尾姫
蘇我韓子弟名子媛
磐弓、巴提
テンプレートを表示

穂積 押山(ほづみ の おしやま)は、古墳時代後期の6世紀前半頃の人物。カバネ

日本書紀』では「穂積臣押山(ほづみのおみ おしやま)」と表記されるほか、同書割注によると『百済本記』では「委意斯移麻岐彌(わのおしやまきみ)[1]」と表記されるという(原文は散逸)。『古事記』に記載はない。

継体天皇(第26代)の時における任那の??国守(たりのくにのみこともち)または下??国守(あるしたりのくにのみこともち)で、百済への任那4県割譲(支配承認)で活躍した人物とされる。目次

1 系譜

2 記録

3 考証

4 脚注

5 参考文献

6 関連項目

系譜

系譜に関して史書に記載はないが、系図によると父は穂積鎌子、母は阪尾姫(尾治臣勝雄の娘)とされる。

また系図によると、妻は蘇我韓子の娘の弟名子媛で、子に穂積磐弓・穂積巴提[2]がいるという。
記録

日本書紀継体天皇6年(512年?)4月6日条によると、穗積押山は百済に遣わされ、筑紫国の馬40頭を贈った。

同年12月条では、百済が使者を派遣して朝貢し任那の上??・下??・娑陀・牟婁の4県割譲を要求した際、??国守の押山は百済に近く日本から遠いことから是とする旨を上奏し、大伴金村に賛同を受けた。そして任那4県は割譲されたが、のちに大伴金村と押山は百済から賂を受けたとの流言が立ったという。

継体天皇7年(513年?)6月条では、百済が五経博士段楊爾を献上し、伴跛国に奪われた己?の地の奪回を求めた際に、姐弥文貴将軍とそれに副えて押山が日本に派遣されている。

また継体天皇23年(529年?)3月条によると、下??国守の押山は、百済が朝貢の津路を加羅の多沙津に変更したがっている旨を奏上した。このときに朝廷は加羅王の反対を押して多沙を与えたため、加羅は新羅と結び日本を恨むこととなったという。
考証

上記の記事において、穂積押山はヤマト王権の執政官としての活動が見られる[3]。一方、百済の立場を代弁する存在として記述されることから、押山を倭系百済官僚とし、百済の地方官として??国守・下??国守に任命されていたとする説がある[4]
脚注

[脚注の使い方]
^新編日本古典文学全集 3 日本書紀 2』小学館、2004年(ジャパンナレッジ版)、p. 301。
^ 『亀井家譜』(東大史料編纂所蔵)。
^ 穂積臣押山(古代氏族) 2010.
^ 朴天秀 『加耶と倭 -韓半島と日本列島の考古学-』 講談社、2007年、p. 112。

参考文献

宝賀寿男 『古代氏族系譜集成 中巻』 古代氏族研究会、1986年。

吉村武彦「穂積押山」『国史大辞典吉川弘文館

大川原竜一「穂積押山」『日本古代史大辞典』大和書房、2006年。.mw-parser-output cite.citation{font-style:inherit}.mw-parser-output .citation q{quotes:"\"""\"""'""'"}.mw-parser-output .id-lock-free a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-free a{background:linear-gradient(transparent,transparent),url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/65/Lock-green.svg")right 0.1em center/9px no-repeat}.mw-parser-output .id-lock-limited a,.mw-parser-output .id-lock-registration a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-limited a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-registration a{background:linear-gradient(transparent,transparent),url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/d6/Lock-gray-alt-2.svg")right 0.1em center/9px no-repeat}.mw-parser-output .id-lock-subscription a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-subscription a{background:linear-gradient(transparent,transparent),url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/aa/Lock-red-alt-2.svg")right 0.1em center/9px no-repeat}.mw-parser-output .cs1-subscription,.mw-parser-output .cs1-registration{color:#555}.mw-parser-output .cs1-subscription span,.mw-parser-output .cs1-registration span{border-bottom:1px dotted;cursor:help}.mw-parser-output .cs1-ws-icon a{background:linear-gradient(transparent,transparent),url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/4c/Wikisource-logo.svg")right 0.1em center/12px no-repeat}.mw-parser-output code.cs1-code{color:inherit;background:inherit;border:none;padding:inherit}.mw-parser-output .cs1-hidden-error{display:none;font-size:100%}.mw-parser-output .cs1-visible-error{font-size:100%}.mw-parser-output .cs1-maint{display:none;color:#33aa33;margin-left:0.3em}.mw-parser-output .cs1-format{font-size:95%}.mw-parser-output .cs1-kern-left,.mw-parser-output .cs1-kern-wl-left{padding-left:0.2em}.mw-parser-output .cs1-kern-right,.mw-parser-output .cs1-kern-wl-right{padding-right:0.2em}.mw-parser-output .citation .mw-selflink{font-weight:inherit}ISBN 4479840656

「穂積臣押山」『日本古代氏族人名辞典 普及版』吉川弘文館、2010年。ISBN 978-4642014588

関連項目

穂積氏

飛鳥時代以前の人物一覧


更新日時:2021年11月7日(日)14:40
取得日時:2022/02/14 01:02


記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:9777 Bytes
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef