秘話
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アメリカ同時多発テロ事件の際に暗号化電話機 STU-III(英語版) を使うブッシュ大統領

通信における秘話(ひわ、: Secure voice, Voice privacy, Cyphony)とは、音声通信において盗聴傍受を防止するために音声を聞き取れなくするものである。よく知られている方式は音声の周波数スペクトルを反転させるもので、初期の無線電話やアナログ方式のコードレスフォンなどで使われた。音声をデジタル化した後に暗号化を行う方式は携帯電話警察無線や軍用無線、政府高官用の暗号化機能付き電話機などで使われている。
概要アメリカ国立暗号博物館で展示されている秘話装置SIGSALYのモックアップ。実際の装置は30以上のラックからなる大掛かりなものだった。

電話に代表される音声を用いた通信は誰でも容易に使える通信方法である。メール電信などの文字を用いる通信と比べ特別な技能が不要で、何か作業を行いながら通話することも簡単である。しかし電話は盗み聞きも比較的容易で、使用されている電話線など通信経路が分かれば盗聴できる。無線電話の場合はさらに容易で、受信機さえあれば誰でも盗聴傍受が可能であり、周波数変調方式さえ分かれば誰にも気づかれることなく会話内容を盗み聞きすることができる。

秘話はこのような音声通信の問題を解決するためのもので、音声信号を全く別の信号に変換して送ることで、同じ秘話装置を持つ相手以外には音声を聞き取れなくする[1]

秘話は大きく分けてアナログ方式とデジタル方式の2種類の方式に分類できる。

アナログ方式のものはボイススクランブラー (voice scrambler) やアナログスクランブラー (analog scrambler)、あるいは単純にスクランブラー (scrambler) の名称で呼ばれる[2]。この方式では、周波数成分の反転や入替を行ったり信号の時間軸での入替などを行うことで元の音声信号を別のアナログ信号に変え内容を聞き取れなくする。

アナログ方式の秘話装置は、ハードウェアが比較的単純で元々の音声信号と同じ帯域幅で送受信ができたため、警察無線や1960年代まで一般的だった短波帯を使用した国際電話など、アナログ方式の無線電話で古くから使われてきた。代表的なスクランブラーの仕組みは1920年代から知られており、専門家が処理方式の解析を行うことは難しいことではない。音声の周波数スペクトル全体の反転のみを行う音声周波数反転方式のような単純なものは解読装置を組み込んだ受信機も購入もできる。信号の分析や解読が比較的容易であるため、機密性が要求される通信には不十分である[3]

デジタル方式のものもスクランブラーの名称で呼ばれることがあるが、アナログスクランブラーと区別して音声暗号化 (digital voice encryption) とも呼ばれる[4]。この方式では音声をデジタルデータに符号化した後に暗号化を行う。出力はデジタル信号になる。音声符号化方式や暗号化方式として様々な方式を使うことができるため、適切な暗号化方式を使い十分に長い鍵長を用いることで高いセキュリティを実現できる。現在の多くの秘話装置や通信機器ではこの方式が使われている。

アナログスクランブラーと比べると初期のデジタル方式の秘話装置は複雑で高価だった。デジタル方式の最初の秘話装置は第二次世界大戦中の1943年にワシントンロンドン間で運用が開始されたSIGSALYだが[5][6]、装置1台当たりのコストはおおよそ100万ドル、開発、製造、要員トレーニング、運用、メンテナンスなどを含めた総コストは2,800万ドルと試算されている。IC技術が発達した1970年代にNSAが開発したデジタル方式の秘話装置 STU-I でもサイドデスクや中型の金庫程度の大きさを占め、価格も1台35,000ドルと高価だった[7]

デジタル方式の秘話装置では音声信号をリアルタイムでデジタル処理できる高速で複雑なハードウェアが必要になる。またデジタル化すると送受信に必要な帯域幅も広がるため、圧縮効率の良い音声符号化技術や、デジタル信号を狭い帯域幅で送受信する高度な変調技術が必要である。そのため初期のデジタル方式の秘話装置は高い機密性が要求される軍事用や政府高官用としてのみ使われた。業務無線(警察無線など)や一般の移動体通信携帯電話など)で使われるようになるのは、小型で低価格なデジタルシグナルプロセッサが開発されてからである。

多くの国の警察無線を例に挙げると、アナログスクランブラーは1970年代まで、遅い国では1990年代になっても使われていた[8]。携帯電話での音声暗号化の導入も、デジタル方式の第二世代携帯電話が使われるようになった1990年代以降で、それ以前の多くの携帯電話は秘話機能を持っておらず、変調方式も単純なFM方式だったため周波数さえ分かれば傍受や盗聴は比較的容易だった。
歴史

秘話の技術は無線電話の普及と共に発展した。無線電話の実験は1900年前後から始まった。秘話技術の発明が盛んになるのは無線電話が普及し盗聴傍受が問題になった1920年代になってからである。その後第二次世界大戦を契機には軍用や政府高官用の分野で急速に技術が進んでいった。
秘話以前

秘話についての試みは古く、グラハム・ベルによる電話の特許申請のわずか5年後の1881年、アメリカのジェームス・ロジャース (James Rogers) は複数の電話回線を切り替えながら音声を送る方式の秘話装置の特許を申請している[9]。しかし十分な秘話性を持つ実用的な秘話装置が発明されるのは無線電話が広く一般に使われるようになってからである。

1895年のマルコーニによる無線電信の発明の直後から多くの人が無線電話について考えるようになった。例えばレジナルド・フェッセンデンは、雑音だらけであったが、1900年に世界で初めて1.6kmの無線電話実験に成功した[10]。1902年頃にはより雑音の少ない高周波発電機を使った送信機の試作と実験を進め、1906年のクリスマス前夜には80kHzの長波帯を使い音楽と談話とを送信した[11]

日本では1912年にTYK式無線電話が発明されて船舶との通信に利用され、2年後には離島間の世界初の公衆無線電話として実用化された[12]

ドイツでは、テレフンケン社のエンジニアのマイスナー (Alexander Meisner) が1913年に三極管を用いた発振回路を考案し、この回路を使ってベルリンとその西 36Km に位置するナウエン (Nauen) との間の無線電話の実験を行った[13]。この時代、無線電話は安定した高周波連続波が必要な難しい技術だったため、音声の送受信を行うのがやっとで秘話が考慮されることはなかった。
秘話装置の登場第一次世界大戦では飛行機用などの軍用無線電話機も使用されるようになり、盗聴傍受の危険性が増した。

その後、第一次世界大戦が始まると無線技術は急速に進歩した。第一次世界大戦では飛行機が偵察など様々な用途に使われるようになったが、この頃の飛行機は開放型のコックピットだったため、操縦士や偵察員にとって騒音や振動が多く狭い機上でのモールス符号を用いた無線電信による通信は非常に難しかった。そのため機上で通話ができるようアメリカのSCR-68(英語版)のような軍用の無線電話機が開発された[14][15]

無線電話がこのような用途に利用され始めると共に通信内容の盗聴傍受の危険性も増した。軍用無線電信では情報の流出を避けるための暗号化が行われていたが、無線電話でも同様の対策が必要になってきた。

また、この頃は無線の技術が急速に一般化していった時代でもあった。アメリカで1915年から1年間の間に許可した商業の無線局は200局未満だったが、自作の無線機で通信を行うアマチュア無線局の認可数は8489局もあった[16]。受信のみを行う無許可のアマチュア無線局は15万局と推定されている[16]。業務用や軍事用に無線電話が使われるようになり利用範囲が拡大するに従い、アマチュアによる傍受も大きな問題になってきた。

無線電話の利用は1920年代になっても拡大し続けた。例えば、1927年1月7日にニューヨークとロンドンとの間で初めての一般向けの国際無線電話が開通した[17][18]。この成功を元に、翌年にはニューヨークからベルリンやブエノスアイレスにも短波帯を使い無線で通話ができるようになった。


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