禽獣_(小説)
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禽獣
訳題Of Birds and Beasts
作者
川端康成
日本
言語日本語
ジャンル短編小説
発表形態雑誌掲載
初出情報
初出『改造1933年7月号(第15号第7号)
刊本情報
刊行野田書房 1935年5月20日
収録『水晶幻想
改造社 1934年4月19日
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『禽獣』(きんじゅう)は、川端康成短編小説。川端康成の「抒情」と一対にある「非情」があらわされた名作とされている[1][2]。犬や小鳥を愛育し、女の舞踊に打ち込む厭人癖の男の、禽獣(動物)と女に向けられる抒情と非情の眼差の物語。禽獣たちの無心の生命への讃歌の裏側に潜む虚無が描かれている作品である[1][3][4]
発表経過

1933年(昭和8年)、雑誌『改造』7月号(第15号第7号)に掲載された[5][6]。なお、この際の編集担当は徳廣巌城(上林暁)だった[1][7]。初出誌では一部に伏字が行われた[5]。単行本は、翌年1934年(昭和9年)4月19日に改造社より刊行の『水晶幻想』に収録された後、その翌年1935年(昭和10年)5月20日に野田書房より刊行された[5]

翻訳版はエドワード・サイデンステッカー訳(英題:Of Birds and Beasts)をはじめ、韓国(韓題:??、禽獣)、中国(中題:禽獣)、イタリア(伊題:Ucelli e altri animali)、ドイツ(独題:Von Vogeln und Tieren)、スペイン(西題:Sobre pajaros y animales)、フランス(仏題:Bestiaire)など世界各国で行われている[8]
あらすじ

昔の女・千花子の舞踊会を観にいくためにタクシーで日比谷公会堂に向っていた「彼」は、禅寺の前の道で葬儀の渋滞に巻き込まれた。弔いの放鳥の籠を載せたトラックからの鳥の鳴声で、白日夢から目が覚めた「彼」は、もう1週間も押入れに放置したままの菊戴の番(つがい)の屍のことを思い出し、菊戴が死に至ってしまった経緯を回想する。

独身の「彼」は客人が訪れていても、愛玩動物を身辺から離したことがないほど小鳥や犬を愛でていた。「彼」は我のある人間と暮すよりも小動物たちに囲まれていることを好んでいた。しかし、産まれたての子犬を選別し間引きすることもあった。「彼」は、動物の生命や生態を一つの理想の鋳型にし、人工的に育て良種良種へと狂奔する動物虐待的な愛護者たち(彼自身を含めた)を、この天地の、また人間の悲劇的な象徴として冷笑しつつ容認していた。

「彼」は、まだ女になりきっていないボストン・テリア分娩に立会いながら、その無頓着な雌犬の顔から、10年前の千花子を思い出す。千花子は幼い娼婦だった。その後、千花子はハルビンで踊り子となり、帰国後は伴奏弾きと結婚し、自分の舞踊会を催すようになった。再会した千花子の野蛮な頽廃に輝く踊りに「彼」は惹かれた。だが千花子の踊りは、子供を出産してから衰えた。「彼」は一芸に専念しなかった千花子を叱った。

そんな様々な回想の中、「彼」は捨てられた雲雀の子を眺めている間に、菊戴を水浴びさせすぎて、あわてて介抱したものの死なせてしまった。その後小鳥屋が持ってきた新しい菊戴も、注意していたのにもかかわらず、また水浴をきっかけに弱らせてしまった。今度は介抱もせずに見殺しにした。

日比谷公会堂で2年ぶりに千花子の舞踊会を観た「彼」は、彼女の踊りの堕落に目をそむけた。楽屋を覗くと、千花子は目を閉じて若い男に化粧をさせていた。その死顔のような顔を見て、「彼」は10年近く前、千花子と心中しようとしたことを思い出す。無心に目を閉じ合掌しながら千花子は「彼」に殺されようとしていた。その姿で「彼」は「虚無のありがたさ」に打たれ、心中を思い止まったのだった。

「彼」は楽屋の廊下で、千花子の元亭主に会った。その伴奏弾きは、しきりに千花子の踊りを褒めた。「彼」は自分も何か「甘いもの」を見つけなければと胸苦しく思うと、一つの文句が浮んできた。それは「彼」は近頃、好んで読んでいた16歳で死んだ少女の遺稿集の中で、娘の死化粧をした母が、少女の死んだ日の日記の終わりに付していた文句であった。「生れて初めて化粧したる顔、花嫁の如し」
登場人物

40歳に近い。独身者。厭人癖がある。音楽雑誌に月々金を出し、音楽会や舞踊会に通っている。
菊戴駒鳥柴犬、緋目高の子、百舌の子、ワイアーヘアード・フォックス・テリアボストン・テリア木菟などを飼っている。紅雀や黄鶺鴒犬赤鬚を飼ったこともある。犬の出産と育児が楽しく、雌犬ばかり飼っている。どんな愛玩動物でも見ればほしくなるが、そういう浮気心は結局薄情に等しいことを経験で知る。
千花子
娼婦。娼婦だった10年前に「彼」と心中未遂したことがある。19歳で投機師に連れられてハルビンでロシア人から3年間舞踊を習い、踊り子となり満州巡業する。その後帰国するが一緒にいた投機師を振り捨てて、伴奏弾きと結婚。子供を1人産んだ。
女中
「彼」の家の女中。彼と一緒に禽獣の世話をしている。
運転手
日比谷公会堂へ向うタクシーの運転手。途中で葬式に出会うのは縁起がいいと言う。
客人
「男と会うのはいやだ、飯を食うのも旅行をするのも相手は女に限る」と言う「彼」に、結婚を勧める。
小鳥屋
何か新しい鳥が手に入ると、黙って「彼」のところへ持ってくる。飼っていた菊戴の番の雄が逃げたため、新しい雄だけを「彼」が注文すると、雌も無料で付けてきた。のち新しい雌らしき方が古い雌に殺される。
近所の子供たち
小学生。芥捨て場に捨てられた雲雀の子を見つけて騒ぐ。その雛は、毒々しい青い家の住人が、行末に鳴鳥として見込みのないものとして捨てていた。
犬屋
腎臓病の持病でしなびた蜜柑のようになっている。ちょっと目を離した隙に、売物の雌のドーベルマンが野良犬に飛びつかれたため、雑種を産まないようにドーベルマンの腹を何度も蹴って死産させる。損をした怒りで黄色い唇を痙攣させる不徳義な男。
ドーベルマンの買手
買った翌晩、死産した子犬を食べているドーベルマンを見て、犬屋にドーベルマンを返品することを、売買の仲介をした「彼」に言いにくる。
若い男
楽屋で千花子の顔に化粧を施している。
千花子の亭主
伴奏弾き。満州巡業で千花子と知り合った。去年の暮に離婚。
作品背景

『禽獣』執筆の頃、川端康成の住いは東京市下谷区上野桜木町44番地(現・東京都台東区上野桜木2丁目)から、同じ上野桜木町36番地に転居しており、実際にそこで様々な犬や小鳥を飼っていて、一時は犬が9頭もいたこともあった[9][1][10]

また、1929年(昭和4年)にカジノ・フォーリーの踊り子たちを知り、舞踊にも打ち込んでいたこともあり、その体験を活かした作品となっている[1]。川端は1931年(昭和6年)には、カジノ・フォーリーの人気踊子・梅園龍子を引き抜き、洋舞(バレエ)を習わせ、翌年には本格的な舞踊活動(パイオニア・クインテット)をさせていた[1][7]。カジノ・フォーリーでの体験は、新聞連載小説『浅草紅団』(1929年12月 - 1930年2月)にも活かされた[1]

川端は『禽獣』について、〈できるだけ、いやらしいものを書いてやれと、いささか意地悪まぎれの作品であつて、それを尚美しいと批評されると、情けなくなる〉[11]、〈私は『末期の眼』と『禽獣』とが大きらひだ。たびたび批評の足がかりにされたのも、嫌悪の一因かもしれない〉とし[12]、『禽獣』に対する嫌悪感を次のように繰り返して語っている[10]


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