福嶋 亮大(ふくしま りょうた、1981年2月21日[1] - )は、日本の批評家(文芸評論家)・中国文学者。立教大学文学部准教授。博士(文学)。 京都府生まれ。 2003年3月、京都大学文学部中国文学科卒業。 2004年8月、東浩紀の発行していたメールマガジン「波状言論」に論文を送る。9月に返事を得る。9月30日配信分の「波状言論」16号(9月B号)に福嶋の論文「自然・批評・祈り - 舞城王太郎について」の前編が、10月30日に配信された「波状ゲンロン」18号(10月B号)に後編が掲載された。 『群像』2005年10月の特集「評論特集11人評論競作」に「コンラッドの末裔たち1900 / 2000 - 桜坂洋、平山瑞穂、山崎ナオコーラ論」を寄稿。 同大学院文学研究科博士課程研究指導認定退学[2]。2012年「チャイニーズ・イノセンス 1910-1930年代中国における文芸的公共圏の可能性および主体性の諸様式」で京大文学博士。 雑誌『ユリイカ』などに論文を寄稿し、同誌上で連載していた「神話社会学」を改稿した『神話が考える ネットワーク社会の文化論』にて2010年3月に単著デビュー。それまでゼロ年代の批評はやや若者向けとみなされがちだったが、同書ではライトノベル・ケータイ小説・ニコニコ動画といったユースカルチャーだけでなく柳田國男やルイス・キャロルなどの古典まで幅広く議論の対象とし、年長者の読者も視野に入れた内容となっている[3]。 2014年、『復興文化論 - 日本的創造の系譜』で第36回サントリー学芸賞受賞。 2015年、立教大学文学部助教。 2017年、『厄介な遺産』でやまなし文学賞受賞。同年、准教授。 2019年、早稲田大学坪内逍遙大賞奨励賞受賞。
略歴
人物
幼少期(1980年代)は、上原正三がシナリオを担当していた新ウルトラマンや宇宙刑事シャイダーの熱狂的ファンであった。
2001年9月、アメリカ同時多発テロ事件が起こったことをきっかけに世の中について知りたいと思うようになった。そのときに手に取った村上龍の対談集『存在の耐えがたきサルサ』(文藝春秋、1999年6月)で、「浅田彰、柄谷行人、蓮實重彦の名前を知り著作を読んでみたことが批評に関心を抱いたきっかけである」と語っている。
声楽を習っており、オペラ歌手になりたかった。大学3年生のころに喉を痛めてしまい半年ほど歌えなくなったときに本を読んでみようと思ったという。文学部の学生であったが本を読む習慣がついた時期は遅かった。村上春樹や村上龍の作品を初めて読んだのは2001年?2002年であった。東浩紀、中野重治など乱読を続ける。
2003年に、群像新人賞に応募したが落選。2004年に舞城王太郎論を書く。
2021年の『ハロー、ユーラシア 21世紀「中華」圏の政治思想』において、香港、台湾と中国の対立を梅棹忠夫が提示した文明の生態史観における「第一地域」である台湾、香港と、「第二地域」の中国との衝突ととらえた[4]。
造語
偽史的想像力
現実(正史)に対して架空の起源(偽史)を与える想像力のことで、アニメファンよる聖地巡礼の考察やケータイ小説『恋空』の読解などで使用している。それぞれの項目も参照。
著書
『神話が考える ネットワーク社会の文化論』(青土社) 2010年
『復興文化論 日本的創造の系譜』(青土社) 2013年 ISBN 978-4791767335
『厄介な遺産 - 日本近代文学と演劇的想像力』(青土社) 2016年
『ウルトラマンと戦後サブカルチャーの風景』(PLANETS) 2018年
『百年の批評 近代をいかに相続するか』(青土社) 2019年
『らせん状想像力: 平成デモクラシー文学論』(新潮社) 2020年
『ハロー、ユーラシア 21世紀「中華」圏の政治思想』(講談社) 2021年 ISBN 978-4-06-524523-1
『感染症としての文学と哲学』(光文社新書) 2022年
『思考の庭のつくりかた はじめての人文学レッスン』(星海社新書) 2022年
共著
『辺境の思想 日本と香港から考える』(張ケ?(チョウ イクマン) 共著、文藝春秋) 2018年
論文
学術論文
「「不朽」の修辭學 - 新文學の起源について」『中國文學報』69号(京都大学文学部中国語学中国文学研究室、2005年4月)
「ロマンスの脱構築 - 茅盾『子夜』論」『中国』21号(中国社会文化学会、2006年6月)
「「社會的」な個の誕生 - 胡適の自傳および傳記について」『中國文學報』80号(京都大学文学部中国語学中国文学研究室、2011年4月)