福島県立白河高等学校
白河高校校舎
.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯37度7分28.8秒 東経140度12分0.55秒 / 北緯37.124667度 東経140.2001528度 / 37.124667; 140.2001528
福島県立白河高等学校(ふくしまけんりつ しらかわこうとうがっこう)は、福島県白河市南登町にある県立高等学校。通称は「白高(はっこう)」。 1922年(大正11年)設置の旧制白河中学校を前身とする県内有数の進学校。普通科と理数科がある。1997年(平成9年)にそれまでの男子校から男女共学の高校となった。県南の中心都市である白河市を中心に西白河郡、東白川郡、石川郡、岩瀬郡の一部から生徒が集まり、栃木県から越境入学してくる生徒もいる。 校歌は白中第2代校長の工藤正勝作詞、東京音楽学校教授の岡野貞一作曲。 校歌のほか白高応援団歌、花や一時、真萩ヶ浦は卒業後もOB会などで歌われる場合が多い。この他に、遭難白高生に捧げる歌が存在する。また、創立から校歌が一度も変わっていない高校は福島県内では珍しい。 学園祭は登龍祭と呼ばれ、白河旭高校、白河実業高校との持ち回りで3年に1度開催される。出店などの一般公開やクラスごとのステージ発表に加え、白河市内を練り歩く仮装行列が目玉になっている。 以前は、上記「マラソン大会」と「駅伝大会」のほかに、水泳大会・球技大会・運動会(陸上競技中心)・サッカー/柔道大会(3年生はサッカー、1・2年生は柔道)が行われていた。
概要
沿革
1922年(大正11年) - 福島県立白河中学校として開校。
1923年(大正12年)9月11日 - 授業開始。
1948年(昭和23年)4月1日 - 学制改革により福島県立白河高等学校と改称、福島県白河商業学校県移管本校に合併。
1955年(昭和30年)5月29日 - 登山部が朝日岳で暴風に遭い遭難。6人が死亡[2]。
1960年(昭和35年) - 福島県立白河第二高等学校(定時制)が本校に移転し施設を共用する併設校となる。
1970年(昭和45年) - 理数科設置。
1972年(昭和47年) - 矢吹分校、福島県立白河農工高等学校(現:福島県立白河実業高等学校)より白河高校へ移管となる。
1976年(昭和51年) - 商業科募集停止。
1977年(昭和52年) - 矢吹分校、福島県立矢吹高等学校(現:福島県立光南高等学校)として独立する。
1997年(平成9年) - 新入生より男女共学となる。
2007年(平成29年)
5月26日 - PTA臨時総会において、PTA解散が決議される。
11月16日 -日本史や情報など必履修科目の一部を未履修のまま2006年度の3年生全員が卒業していたことが発覚した。
2022年(令和4年) - 白河高創立100周年記念式典。
学科
全日制
理数科
普通科
校歌・応援歌
校歌
白高応援団歌
花や一時
真萩ヶ浦
吹く風薫る
凱歌
競技部の歌
野球部の歌
学校行事
学園祭
運動系行事
創立記念マラソン大会(5月)
校内スポーツ大会(7月)
郡内一周クラス対抗駅伝大会(10月)
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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