「横須賀市立横須賀高等学校」あるいは「愛知県立横須賀高等学校」とは異なります。
.mw-parser-output .side-box{margin:4px 0;box-sizing:border-box;border:1px solid #aaa;font-size:88%;line-height:1.25em;background-color:#f9f9f9;display:flow-root}.mw-parser-output .side-box-abovebelow,.mw-parser-output .side-box-text{padding:0.25em 0.9em}.mw-parser-output .side-box-image{padding:2px 0 2px 0.9em;text-align:center}.mw-parser-output .side-box-imageright{padding:2px 0.9em 2px 0;text-align:center}@media(min-width:500px){.mw-parser-output .side-box-flex{display:flex;align-items:center}.mw-parser-output .side-box-text{flex:1}}@media(min-width:720px){.mw-parser-output .side-box{width:238px}.mw-parser-output .side-box-right{clear:right;float:right;margin-left:1em}.mw-parser-output .side-box-left{margin-right:1em}}この項目には、一部のコンピュータや閲覧ソフトで表示できない文字(Microsoftコードページ932(はしご高))が含まれています(詳細)。
神奈川県立横須賀高等学校
.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯35度15分25.60秒 東経139度40分13.70秒 / 北緯35.2571111度 東経139.6704722度 / 35.2571111; 139.6704722
神奈川県立横須賀高等学校(かながわけんりつ よこすかこうとうがっこう)は、神奈川県横須賀市公郷町三丁目にある県立高等学校。 ナンバースクールとも呼ばれる神奈川県立第四中学校を源流とする。 戦前は海軍兵学校、陸軍士官学校を目指す生徒が入学する学校として知られていた。「自主自律」と「文武両道」を掲げる。制服は指定されていないが、高校生らしい服装として男子は詰襟の学生服、女子はブレザーが標準服とされている。 最盛期には30を数えた全日制の学級数は少子化により21まで減少した。1960年代までは、定員に占める男子比率が常に8割を超えていた。 都立日比谷高校と並び、ノーベル賞受賞者(小柴昌俊)、五輪金メダリスト(猪熊功)、内閣総理大臣(小泉純一郎)を揃って輩出した学校である。 三浦半島中央部、平作川流域の平野部に立地する。山が迫る北側を除いて周囲は市街地となっており、住宅が密集している。運動場は北側の山腹にあり、平地にある校舎などとは高低差がある。最寄駅は横須賀線(JR東日本)の衣笠駅から徒歩約12分、または京急久里浜線の北久里浜駅から徒歩約25分。 1908年 県下4番目の県立中学校、神奈川県立第四中学校として開校。 現在の横須賀市域では、横須賀町豊島町組合立横須賀高等女学校(現県立横須賀大津高校)に次ぎ2番目の、男子校としては初の旧制中等教育学校であった。初代校長は吉田松陰の甥である吉田庫三。 設立当初は規律正しく厳格な校風であったという。その後1913年に神奈川県立横須賀中学校、1948年には学制改革により現在の名称となる。 学年制を採用しており、生徒は3年間同じ学級で過ごす。クラス分けは入学時に選択する芸術科目(音楽・美術・書道のうち一科目)に基づいて行われる。 2018年より学力向上進学重点校エントリー校に指定された。 2016年からは文部科学省からSSHの指定を受け、学校設定科目のPrincipia(プリンキピア)を設定している。 総合研究大学院大学や横浜国立大学との教育事業連携協定を結び、高大連携の一環で「横高アカデミア」というキャリア教育プログラムを実施している。横須賀高校独自の試みとして、2010年度より開始。理系講座においては横浜国立大学理工学部、法文系講座においては慶應義塾大学や立教大学など首都圏大学の教授を講師として招聘し行われる。本講座は、大学受験の先を見据えた知の探求を目的としている。 2004年度入試までは横須賀三浦学区に所属していたが、現在公立高校の学区は撤廃されている。 2016年度の入試からは特色検査が実施されている。 例年9月下旬に体育祭・文化祭がそれぞれ隔年で開催されている。
概観
地理
沿革
年表
1907年(明治40年)8月7日 - 神奈川県立第四中学校の設立認可
1908年(明治41年)6月20日 - 開校式を行う。以後6月20日を創立記念日に制定
1913年(大正02年)3月11日 - 神奈川県立横須賀中学校に改称
1938年(昭和13年)4月1日 - 神奈川県立横須賀明徳中学校設置
1943年(昭和18年)4月1日 - 学制改革により明徳中学校廃止、横須賀中学校夜間部として併設
1948年(昭和23年)4月1日 - 学制改革により神奈川県立横須賀高等学校に改称
1950年(昭和25年)4月1日 - 男子校から男女共学校に移行
1957年(昭和32年)10月10日 - 新運動場完成
1959年(昭和34年)3月28日 - 旧運動場跡地に校舎新築開始、A棟西側が落成
1976年(昭和51年)2月6日 - D棟が落成し、現在の校舎4棟全てが完成
1989年(平成元年)11月9日 - 現体育館落成
1994年(平成06年)7月5日 - セミナーハウス「記恩館」落成
2002年(平成14年)4月1日 - スーパーサイエンスハイスクール (SSH) 協力校に指定される
2008年(平成20年)10月25日 - 創立100周年記念式典を開催
2016年 (平成28年)4月1日 - スーパーサイエンスハイスクール(SSH)に指定される
全日制
教育課程
SSH
横高アカデミア
入学試験
学校行事
学園祭
体育祭
各学年をクラス毎に色分けし、競技・応援・デコレーションの各分野と総合得点が競われる。
文化祭
2日間に亘って開催され、一般にも公開されている。文化部による展示や発表も行われる。伝統的に定時制の生徒が模擬店を出店しており、全日制生徒との数少ない交流の場でもある。
一般行事
校内大会
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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