磐梯急行電鉄
種類株式会社
略称磐急[1]、BKD
本社所在地 日本
東京都千代田区有楽町2丁目13番地
(東京交通会館11階)[1]
設立1907年(明治40年)4月15日[2]
業種鉄軌道業
事業内容旅客鉄道事業、鉱業、工業薬品、不動産[3]
代表者社長 薬師寺一馬
日本硫黄観光
種類株式会社
本社所在地 日本
東京都千代田区丸の内1の1[2]
設立1907年(明治40年)4月15日[2]
業種鉄軌道業
事業内容旅客鉄道事業、硫黄採掘売買[2]
代表者社長 小野弥太郎[2]
資本金105,000,000円[2]
発行済株式総数2,100,000株[2]
特記事項:1967年(昭和42年)3月20日現在[2]
テンプレートを表示
磐梯急行電鉄(ばんだいきゅうこうでんてつ)は、かつて福島県耶麻郡猪苗代町の川桁駅と沼尻駅とを結んでいた鉄道路線およびその運営会社。東京証券取引所に上場していた。1969年(昭和44年)に全線が廃止された。一般には沼尻鉄道(ぬまじりてつどう)の名前で呼ばれ、耶麻軌道(やまきどう)という名称でも呼ばれていた[4]。また、猪苗代町が立てた記念碑(川桁駅)や各駅跡の観光案内板では「沼尻軽便鉄道」の表記が用いられている。 本鉄道は硫黄鉱山から採掘した硫黄鉱石を日本国有鉄道(国鉄)磐越西線まで輸送するために敷設された貨物輸送主体の鉄道で、旅客輸送は片手間に行われていた。硫黄鉱山の閉山後は観光鉄道として脱皮を図り、旅客輸送で経営を維持しようとするが休止となり、その後廃線になった。旅客輸送では磐梯山やスキー場へ行く観光客に利用されることもあり、観光シーズンの夏は学生の旅行者が多く、冬はスキー客とその荷物で車内は混雑した[5]。
概要