碧海電気鉄道
種類株式会社
本社所在地 日本
愛知県名古屋市熱田区三本松町3-1[1]
設立1925年(大正14年)5月15日[1]
業種鉄軌道業
事業内容旅客鉄道事業、遊園事業、倉庫業 他[1]
代表者代表取締役社長 藍川清成[2]
資本金108万円(払込額)[1]
主要株主愛知電気鉄道 50 %[3]
特記事項:本社は愛知電気鉄道本社内に設置[2]。1944年(昭和19年)3月1日付で現・名古屋鉄道に吸収合併[4]。
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碧海電気鉄道線
架橋2年後の米津橋梁
路線総延長15.0 km
軌間1,067 mm
電圧600 V、架空電車線方式(直流)
凡例
2.6北安城駅
-
1.1*
貨物支線 新安城駅
4.0
0.0*
南安城駅
5.7碧海古井駅
6.7碧海堀内駅
7.9碧海桜井駅
明治用水東井筋
11.6米津駅
13.0中学前駅
14.1碧海西尾口駅 右:西尾口駅
15.0西尾駅
名古屋鉄道:平坂線
碧海電気鉄道(へきかいでんきてつどう)は、愛知県下において現在の名鉄西尾線の大部分(新安城 - 西尾間15.0 km)に相当する路線を敷設・運営した鉄道事業者である。
本項では、事業者としての碧海電気鉄道のほか、同社が敷設・運営した鉄道路線(「碧海電気鉄道線」と記す)についても詳述する。目次 愛知電気鉄道豊橋線(現・名鉄名古屋本線の一部)の今村(現・新安城)を起点として、愛知県南東部に位置する幡豆地方の中心都市であった西尾とを結ぶ鉄道路線を敷設・運営するため、1925年(大正14年)5月に設立された事業者である[2]。1926年(大正15年)7月に今村 - 米津間にて暫定開業し[4]、1928年(昭和3年)10月に今村 - 西尾間が全線開通した[4]。終点の西尾においては愛知電気鉄道の西尾線と接続し、同日より西尾線吉良吉田まで直通運転が開始された[5]。 親会社である愛知電気鉄道と名岐鉄道との合併による現・名古屋鉄道(名鉄)発足後は名鉄の子会社となったのち[6]、1944年(昭和19年)3月に碧海電気鉄道は名鉄へ吸収合併された[4]。これは太平洋戦争激化に伴う戦時体制への移行による、陸上交通事業調整法を背景とした地域交通統合の時流に沿う形で実施されたもので、保有路線・車両は名鉄へ継承された[6]。 愛知電気鉄道(愛電)が神宮前 - 吉田(豊橋)間を結ぶ高速鉄道路線である豊橋線の敷設計画を推進していた1922年(大正11年)当時、豊橋線の経路となった碧海郡安城町の地元有力者によって、安城町より明治村米津を経由して幡豆郡西尾町に至る電気鉄道路線の敷設計画が持ち上がった[2]。
1 概要
2 歴史
2.1 会社設立から路線開業まで
2.2 全線開通
2.3 名鉄へ吸収合併
2.4 年表
3 保有車両
4 駅一覧
5 施設
6 脚注
6.1 注釈
6.2 出典
7 参考資料
7.1 電子資料
7.2 書籍
7.3 雑誌記事
8 関連項目
概要
歴史
会社設立から路線開業まで