石黒靖尋
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石黒靖尋(いしぐろやすひろ、1936年(昭和11年)9月15日 - 2011年(平成23年)1月13日[1])は、大手ホームセンターホーマック」の創業者で、元会長。DCMホールディングス代表取締役相談役
人物

ホーマックの前身企業の創業者の出自。

同社社長を経て、いったんは会長・相談役に退いたが、DJグループ(現DCMグループ)入りで、当時の前田勝敏ホーマック会長兼社長がDJHDの社長就任とその後のインサイダー問題による引責辞職に伴い、同社の代表権のない会長に復帰した上、取締役相談役として名を連ねていたDJHDでも相談役の肩書きのまま代表権を付与されていた。

2011年(平成23年)3月1日付でホーマック取締役相談役に再び退き、柴田憲次社長が代表権のない会長に勇退し、子息であるホーマック副社長(兼DCM取締役)石黒靖規の社長昇格発表直後に死去した。
略歴

1955年(昭和30年)北海道釧路江南高等学校卒業

1959年(昭和34年)

- 明治大学商学部を卒業

4月 - 父・石黒信市郎が設立した金物卸小売業「石黒商店」(北海道釧路市)に入社


1962年(昭和37年)4月 - 同社取締役に就任

1968年(昭和43年)5月 - 同社社長に就任

1976年(昭和51年) - ホーマックのもととなるホームセンター「石黒ホーマ」を設立。釧路市に第1号店(現ホーマック中園店)を開店

1987年(昭和62年) - 社名を「石黒商店」から「石黒ホーマ」に変更

1995年(平成7年) - 東北地方の「メガマート」と「メイク」を統合。社名を現在の「ホーマック」に変更。ホーマック代表取締役社長就任

1999年(平成11年) - ホーマック代表取締役会長

2000年(平成12年) - ホーマック取締役会長

2005年(平成17年) - ホーマック取締役相談役

2006年(平成18年) - DCM Japanホールディングス取締役相談役

2007年(平成19年)

6月 - DCM Japanホールディングス代表取締役相談役

7月 - ホーマック取締役会長


2011年(平成23年)

1月11日 - 3月1日付で、ホーマックの取締役相談役就任を発表

1月13日午後8時57分、多臓器不全のため死去。享年74[1]


脚注[脚注の使い方]^ a b 訃報:石黒靖尋さん74歳=DCMホールディングス相談役 毎日新聞 - ウェイバックマシン(2011年1月17日アーカイブ分)


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