真打
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真打(しんうち)
意味
落語家講談師の身分のひとつ。身分の中では最も高く、最高の力量を持つ者だけがなれるとされる。また、興行の最後の出番(主任=トリ)で出演できる権利を与えられる。そこから、芸事以外でも、「他より遅れて/一番遅く・最後に登場する人・物」を「最高の力量を持った人・物(メッセージを伝える相手=客にとって最もメリットのある人・物)」とイメージさせるために使われる暗喩となった。この項で記す。

日本刀を打つ際、数本打った中で一番出来の良い物。対義語は影打(かげうち)又は影打ち。真打を依頼主に渡し、影打を手元に残すのが一般的。[1][2]

語源

語源に関しては諸説あるが、寄席は当時、灯が全てロウソクだったため、トリで出演する芸人が最後にロウソクの芯を打った(=火を消した)事から転じてそう呼ばれるようになった、というのが最も有力。(例)「お待ちかね!ついに真打登場」。
落語
概要

落語においては、現在は江戸落語(東都)の落語協会落語芸術協会五代目円楽一門会落語立川流の4団体がそれぞれ真打制度を導入している。

真打昇進の基準においては各団体や時期によって異なり、団体内での協議や定席新宿末廣亭鈴本演芸場浅草演芸ホール池袋演芸場席亭による推薦で決定されたり、真打昇進試験が導入されたこともある(落語協会・立川流)。ただし、真打昇進の基準を巡って基準が不明瞭な点が多く、このことから団体内の対立や関係者の不満が発生し、特に落語協会では2度にわたる分裂騒動へ発展した。詳細は「落語協会分裂騒動」および「落語立川流#誕生」を参照

落語立川流では、創設者で家元の七代目立川談志の意向もあり、談志存命時から厳格な真打昇進試験が課されており、職業落語家に当たるかつての「Aコース」の真打昇進には落語100席や都々逸長唄かっぽれなどの歌舞音曲の習得が求められていた[3]。ただし、談志が闘病のため休養を余儀なくされた際には、それぞれの師匠による昇進判断が委ねられており、談志の死没以降は家元制度が廃止され、一般公開で「真打トライアル」を行うことが基本とはなっているが、必ずしも昇進試験は必須ではないとされている[注釈 1][5]

なお、かつて「Bコース」(家元である談志が認めた著名人)についても「真打」昇進を認められた者がおり、高田文夫(立川藤志楼)、ミッキー・カーチス(ミッキー亭カーチス)らが真打に昇進しており、昇進披露も行っている。


円楽一門会では、「大日本落語すみれ会」時代の1981年ごろに、五代目三遊亭圓楽が「前座3年+二ツ目5年の8年で真打昇進」という基準を打ち出し、1991年?1992年にかけて若手真打が同時期に多数誕生したが、のちに方針が変更となっている[6]

なお、上方落語協会・落語芸術協会それぞれに所属する笑福亭鶴光は、落語芸術協会の香盤では「真打(上方)」として扱われている[7]。また、円楽一門会から落語芸術協会に「客員」として加入した六代目三遊亭円楽は、円楽一門会・落語芸術協会双方とも真打として扱われていた[8]

一方で、落語立川流から落語芸術協会に入会した立川談幸については、立川流在籍時に真打に昇進したこともあってか、2015年1月の芸協加入から2年間は「準会員」として扱われ、その後も真打の扱いとなっているが、ホームページ上での香盤としては別枠として扱われていた(その後、2019年6月頃より芸協の香盤に組み込まれている)[7]。余談となるが、立川流在籍時に談幸に弟子入りした立川吉幸幸之進は師匠と共に芸協入りし、立川流では二ツ目の身分であったが、改めて前座修業を課されている。その後二人とも改めて(芸協所属としての)二ツ目に昇進したのち、吉幸については2019年5月より(芸協所属としての)真打に昇進した[9]。幸之進は2025年5月上席の真打昇進を予定している[10]

なお、東都の落語4団体に所属しない、事実上フリーランスの落語家も「真打」を称することがある。

四代目春雨や雷蔵門下の春雨や落雷。雷蔵は落語芸術協会に所属しているが、落雷はいずれの団体にも所属しておらず、春雨や一門としての「真打」を称している。

八代目雷門助六門下の雷門喜助。師と同様に日本芸術協会(後の落語芸術協会)に所属していたが、数年後に離脱し岡山県に活動拠点を移した。その後、当地での活躍を聞いた師匠の助六が「真打」として認定する形となっている。喜助も芸協離脱後はいずれの団体にも所属していない。

東北弁落語の東方落語[11]。落語芸術協会にも所属する六華亭遊花を含め数名が「真打」を称している(ただし、落語芸術協会においては遊花は「客員」扱いで「真打」としては明記されていない)。

名古屋を中心に活動する雷門小福一門(登龍亭一門、旧名:なごや雷門一門)も階級制度が設けている。小福一門は当初小福のみであり、上方落語と同様に階級制度がなかった[注釈 2]。その後、元落語立川流の雷門獅篭(現:登龍亭獅篭)、雷門幸福(現:登龍亭幸福)と新たに弟子入りした雷門福三(現:登龍亭福三)の3人が加わり、師匠の小福の一存で小福を「真打」、獅篭・幸福・福三の3人を「二ツ目」として扱い、階級が定まったという。2012年、師匠の小福が死去した際に、その遺言で獅篭を「真打」と認めている[注釈 3]。しかし、獅篭は「仮に真打を名乗ったとしても一門外の落語家や客が認めてくれるかどうかわからない」という理由に加え、前出の雷門喜助(系譜上、小福にとっては弟弟子にあたる)の助言もあったことから、真打制度を一時凍結する意向を示している[注釈 4]


上方落語における運用詳細は「上方落語#制度」を参照


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