相同組換え
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減数分裂の過程では、相同染色体間の相同組換えによって新たな遺伝子の組み合わせが生み出される。

相同組換え(そうどうくみかえ、: homologous recombination、略称: HR)は遺伝的組換えの一種であり、2つの類似したまたは同一の核酸分子(生物では通常DNAであるが、ウイルスではRNAの場合もある)の間でヌクレオチド配列が交換される過程である。相同組換えは、DNA二本鎖の双方の鎖に起こった有害な切断(二本鎖切断)を正確に修復するために細胞で最も広く利用されている手法である。また、真核生物精子といった配偶子細胞を形成する過程である減数分裂において、相同組換えによってDNA配列の新たな組み合わせが作り出される。このようにして生じたDNAの新たな組み合わせによって子孫に遺伝的多様性がもたらされ、進化過程における集団の適応を可能にする[1]。相同組換えは遺伝子の水平伝播でも利用されており、細菌やウイルスのさまざまな系統や種の間で遺伝物質の交換が行われる。

相同組換えの機構は生物種や細胞種によって多様であるが、二本鎖DNAに関するものは基本的に同じ段階を経て進行する。二本鎖切断が起こると切断部の5'末端周辺のDNA断片が除去される(resection)。続いて、resectionによって生じたDNAの3'末端のオーバーハングが、類似配列を持つDNA分子へと侵入する(strand invasion)。その後の過程は、DSBR経路(double-strand break repair)またはSDSA経路(synthesis-dependent strand annealing)という2つの主要な経路のいずれかで行われる。DNA修復の過程で起こる相同組換えは乗換えが起こっていない産物を作り出す傾向があり、損傷したDNA分子は二本鎖切断が起こる前の状態へと復旧される。

相同組換えは、生物の3つのドメイン、さらにDNAウイルスRNAウイルスでも保存されており、ほぼ普遍的な生物学的機構であることが示唆される。原生生物(真核生物型微生物の大きなグループ)に相同組換えに関する遺伝子が存在することは、真核生物の進化の初期に減数分裂が出現したことの証拠として解釈される。これらの遺伝子の機能不全と一部のがんに対する感受性の高さとには強い関係があり、そのため相同組換えを促進するタンパク質に対して活発な研究が行われている。また相同組換えは、標的生物へ遺伝的変化を導入する技術である遺伝子ターゲティングにも利用されている。この技術の開発により、マリオ・カペッキマーティン・エヴァンズオリヴァー・スミティーズは2007年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。カペッキ[2]とスミティーズ[3]はマウスの胚性幹細胞への相同組換えの応用を独立して発見したが、形質転換されたDNAの相同領域への均一な取り込みなど、二本鎖切断修復モデルの背景にある高度に保存された機構は、Orr-Weaver、Szostack、Rothsteinによるプラスミドを用いた実験で初めて示された[4][5][6]。1970年代から80年代にかけてはガンマ線照射を用いてプラスミドを用いた二本鎖切断修復の研究が行われていたが[7]、その後、酵母よりも高頻度で非相同組換えが起こる哺乳類細胞では、I-SceI(英語版)などのエンドヌクレアーゼを用いて染色体を切断して実験が行われるようになった[8]
歴史と発見モーガンによる乗換えのイラスト

1900年代初頭、ウィリアム・ベイトソンとレジナルド・パネット(英語版)は、グレゴール・メンデルが1860年代に記した遺伝法則の1つに例外が存在することを発見した。ベイトソンとパネットは、形質が親から子へ受け継がれる際に各形質は独立して分配される(独立の法則、例えばネコの毛色と尾の長さは互いに独立して遺伝する)としていたメンデルの考えとは異なり、身体的形質と関係した複数の遺伝子は共に遺伝する(遺伝的連鎖)ことを示した[9][10]。1911年トーマス・ハント・モーガンは、通常連鎖して遺伝する形質も時には個別に遺伝することがあることを観察し、こうした現象は連鎖した遺伝子間で乗換え(crossover)、すなわち連鎖した遺伝子うちの1つが物理的に異なる染色体へ乗り換えることによって起きていると示唆した[11]。20年後にバーバラ・マクリントックとハリエット・クレイトン(英語版)は、精子や卵細胞が形成される細胞分裂過程である減数分裂の際に染色体乗換えが起こることを実際に示した[12][13]。マクリントックの発見と同じ年にカート・スターン(英語版)は、白血球皮膚細胞といった、有糸分裂を行う体細胞でも乗換えが起こることを示し、この現象は後に組換え(recombination)と呼ばれるようになった[12][14]

1947年に微生物学者ジョシュア・レーダーバーグは、二分裂(binary fission)による無性生殖のみを行うと考えられていた細菌でも、有性生殖に似た遺伝的組換えが可能であることを示した。この業績によって大腸菌Escherichia coliは遺伝学におけるモデル生物として確立され[15]、1958年のノーベル生理学・医学賞の受賞へとつながった[16]菌類での研究の蓄積をもとに、1964年にロビン・ホリデイ(英語版)は減数分裂時の組換えのモデルを提唱し、ホリデイジャンクションを介した染色体間の物質交換など、この過程がどのように機能するかについて重要な詳細をもたらした[17]。1983年、ジャック・ショスタクらは現在ではDSBR経路として知られるモデルを提唱し、ホリデイのモデルでは説明できない観察結果についても説明が可能となった[6][17]。その後の10年間に、ショウジョウバエ出芽酵母、哺乳類細胞での実験から、ホリデイジャンクションに依存しないSDSA経路と呼ばれる他の相同組換えのモデルが提唱された[17]
真核生物

相同組換えは、植物、動物、菌類、原生生物といった真核生物の細胞分裂に必須である。有糸分裂を経て分裂を行う細胞では、電離放射線やDNAを損傷する化学物質による二本鎖切断は、相同組換えによって修復が行われる[18]。こうした二本鎖切断が修復されないままの場合、体細胞で大規模な染色体再構成が引き起こされ[19]、がんへとつながる可能性がある[20]

DNA修復に加えて、相同組換えは減数分裂によって特殊な配偶子細胞(動物では精子と卵細胞、植物では花粉胚珠、菌類では胞子)が形成される際に遺伝的多様性が生じるのを助ける。この過程は染色体乗換えによって促進され、類似しているものの同一ではない相同染色体間で交換が行われる[21][22]。これによって新たな、有益な可能性のある遺伝子の組み合わせが作り出され、子孫に進化的な利点がもたらされる[23]。多くの場合、染色体乗換えはSpo11と呼ばれるタンパク質がDNA中の標的部位に二本鎖切断を作り出すことによって開始される[24]。標的部位は染色体上にランダムに位置しているわけではなく、通常は遺伝子間のプロモーター領域にあり、GC配列に富む領域が好まれる[25]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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