注射針(ちゅうしゃばり )は、皮膚の下に刺す医療用具の一種であり、先端が尖った1本の非常に細い中空の管である[1]。鋭利物(英: sharps)の一種である。英語圏では皮下注射針(英: hypodermic needle、ギリシア語の ?πο- (hypo=下)と δ?ρμα (derma=皮膚)に由来)と呼称されることも多い。一般的には注射器と呼ばれるピストン付きの手動器具で、体内に物質を注入したり(生理食塩水や各種薬剤を含んだ溶液、液体医薬品など)、体内から液体を取り出したり(血液など)するために使用される。
注射針は、液体を迅速に投与する場合や、または、注入される物質が経口で摂取できない、または経口で吸収されなかったり(例: インスリン)、肝臓に害を及ぼす場合に使用される。また、嘔吐のために経口投与できない特定の薬物を投与するのにも有用である。用途は皮下注射に留まらず、静脈注射や筋肉注射にも頻繁に用いられる。
注射針は、無菌操作が要求される研究環境においても重要な役割を果たし、無菌基質(英語版)で接種時における汚染を大幅に減少させる。それには2つの理由があり、第一に、その表面が非常に滑らかで、空気中の病原体が針の表面上の凹凸の間に捕捉され、汚染物質として培地(例えば寒天)に移動するのを防ぐ。第二に、針の表面は非常に鋭利であり、膜を穿刺した後に残る穴の直径を大幅に縮小し、その結果、この穴よりも大きな微生物が基質を汚染することを防ぐ[2][3][4][5]。同様の理由で医療現場でのバイアル、アンプル[6]、輸液[7]などの操作にも頻用される。なお、注射針でバイアルや輸液のゴム栓を穿刺したとき、針によって削り取られたゴムの小片が容器内に異物として混入する可能性があり、これをコアリングという[7]。 古代ギリシャ人やローマ人は、蛇咬傷(へびこうしょう)や毒をもつ武器の観察から、薬の投与方法として注射を知っていた[8]。旧約聖書やホメロスの作品にも「塗油」や「塗膏」についての言及もあるが、合理的な医療手段としての注射が真に探求されるようになったのは17世紀に入ってからである[9]。クリストファー・レンは、1656年に犬に静脈注射を行い、粗製の注射針を使った最初期の確認実験を行った。これらの実験は、動物の膀胱(注射器として)とガチョウの羽軸(針として)を使って、アヘンなどの薬物を犬に静脈内投与するものであった。レンらの主な関心事は、伝統的に経口投与されていた薬が静脈内投与で有効であるかどうかを知ることであった。1660年代に、キールのJ.D.メジャーとベルリンのJ.S.エルショルツが最初に人間への注射を実験した[10]。これらの初期の実験は一般的に効果がなく、場合によっては致命的であった。注射は2世紀にわたって支持されなくなった。 19世紀になると、アヘンやストリキニーネなど、少量で効果のある薬が開発された。これは、医学の直接的で制御された応用への新たな関心に拍車をかけた。「皮下注射の優先順位の問題では、いくつかの論争があった」[11]。1844年、フランシス・リンド ウッドは、医療技術としての注射の普及と受け入れ、および注射針の普及と受け入れに大きく貢献していると考えられる。注射針の基本技術は19世紀からほとんど変わっていないが、年々進歩し、医学や化学の知識が向上するにつれ、安全性と有効性を高めるために小さな改良が加えられ、針は非常に特殊な用途に合わせて設計され調整されている。用途に合わせた針の仕様の変化は、特に糖尿病患者へのインスリン投与のために、1920年代に始まった[18]。
歴史
初期使用と実験
19世紀の開発目盛り線が刻まれていることを除き、ウッド博士の設計と同様の全体がガラス製の注射器(シリンジ)。
近代的な改善