白雪_(吹雪型駆逐艦)
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艦歴
発注大正12年度艦艇補充計画
起工1927年3月19日
進水1928年3月20日
就役1928年12月18日
その後1943年3月3日戦没
除籍1943年4月1日
性能諸元
排水量基準:1,680t
公試:1,980t
全長118.5m
全幅10.36m
吃水3.19m
機関艦本式タービン2基2軸
艦本式ロ号専焼缶4基
50,000馬力
最大速38.0ノット
航続距離5,000/14ノット
兵員219人
兵装12.7cm50口径連装砲3基6門
7.7mm機関砲(機銃)2基2門
61cm三連装魚雷発射管3基9門 他

白雪(しらゆき)は、大日本帝国海軍駆逐艦[1]。特型駆逐艦こと一等駆逐艦吹雪型(白雪型・初雪型)の2番艦[2]。雪級(ゆきクラス)の1隻[3][4]。当初の艦名は第三十六号駆逐艦[1]。白雪の名を持つ日本海軍の艦船としては神風型駆逐艦 (初代)白雪」に続いて2隻目。名称ははつゆき型護衛艦(現:しまゆき型練習艦)2番艦「しらゆき」に受け継がれている。
艦歴

駆逐艦白雪は横浜船渠で建造された[5]1927年(昭和2年)3月19日に起工[5]4月26日、建造予定の一等駆逐艦4隻に、それぞれ第36号駆逐艦(のちの白雪)、第38号(〃深雪)、第39号(〃叢雲)、第44号(〃浦波)の艦名が与えられた[6]。第36号駆逐艦の艦名は浦風型駆逐艦江風(第36号駆逐艦)に使われた事がある[7][8]。本艦は1928年(昭和3年)3月20日に進水[5]。同年8月1日、第36号駆逐艦を白雪と改名した[1]。12月18日に竣工した[5]。竣工後、第2艦隊第2水雷戦隊・第11駆逐隊に編入。呉鎮守府所属。

日中戦争に際しては1937年(昭和12年)以降、上海上陸、杭州湾上陸、北部仏印進駐作戦などに参加した。この間、第二航空戦隊や第三水雷戦隊など、所属部隊は幾度もかわった。太平洋戦争直前の1941年(昭和16年)6月18日附で、第11駆逐隊司令は有賀幸作大佐から荘司喜一郎大佐に変わった[9]
太平洋戦争緒戦

太平洋戦争緒戦、第三水雷戦隊(司令官橋本信太郎少将:旗艦川内および第11駆逐隊《初雪、白雪、吹雪》、第12駆逐隊《白雲、叢雲、東雲》、第19駆逐隊《綾波、敷波、浦波、磯波》、第20駆逐隊《夕霧、狭霧、天霧、朝霧》)は南遣艦隊(司令長官小沢治三郎中将:旗艦鳥海)を基幹とする馬来部隊に所属され、南方作戦蘭印作戦に参加した。詳細は「エンドウ沖海戦」を参照

1月27日、白雪はマレー半島南部エンドウ沖で発生したエンドウ沖海戦に参加する。日本軍輸送船団撃破を狙うオーストラリア海軍駆逐艦「ヴァンパイア」とイギリス海軍駆逐艦「サネット」が「白雪」に対して[10]夜間雷撃を実施(「ヴァンパイア」1本」[11]、「サネット」4本発射[12])、魚雷は白雪の艦底を潜り抜けていった[13][14]。「サネット」側は「白雪」を巡洋艦と誤認して魚雷の深度を巡洋艦用の設定としていた[12]。「白雪」は探照灯を照射して応戦。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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