病理診断学
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病理診断(びょうりしんだん、pathology diagnosis、diagnostic pathology)とは、人体から採取された材料について顕微鏡で観察し、病理学の知識や手法を用いて病変の有無や病変の種類について診断すること。略して「病理」。画像診断や内視鏡検査で異常所見があった場合に病変部を採取して診断したり、病変の広がりや病気の程度を評価するために行われることもある。また治療選択や治療効果判定を目的としている場合もある。

材料の種類や目的によって細胞診断、組織診断、生検(生体組織診断)手術材料病理診断(肉眼診断を含む)、術中迅速病理診断術中迅速細胞診断、特殊病理診断などに分かれる。術中迅速病理診断は通信回線を介して遠隔病理診断として行われることがある。

病勢の解析・評価や腫瘍(しこりやこぶ)等の病理診断を目的として検査材料を採取することを生検という。生検法には針生検、臓器穿刺、組織試験切採などがある。

平成25年6月日本病理学会は「すべての病理診断を医療機関内で行うことを目指す」とし、病理診断体制の環境整備のために、病理医が行う病理診断の基本的な姿勢や短期・中期・長期目標を記した「国民のためのよりよい病理診断に向けた行動指針」2013[1]を公表した。さらに2016年9月日本病理学会は理事長名で「 ⇒すべての「病理診断」を「医療機関」で行うために保険医療機関間の連携による病理診断の活用を」のメッセージを発し、衛生検査所や大学講座における「病理検査報告」は、連携病理診断による「病理診断」に移行させる必要があるとした。

佐々木毅によれば、「日本病理学会では、保険医療機関内で診断された病理報告書は「病理診断報告書」、衛生検査所等での病理報告は「病理検査報告書」と差別化している。「病理検査報告書」はあくまで「検査報告・助言」という認識である。」[2]という。

概要

病理診断は医師・歯科医師が行う医行為であり、医療機関内で行われる。病理診断は専門性が高いので、医師の中でも病理診断の修練を積み認定された病理専門医(細胞診断は細胞診専門医)が行うことが多い。病理医の業務としては病理診断の他に、病理解剖診断・剖検診断 (autopsy pathology) 、病理学的研究 (pathology investigation) 、臨床検査 (clinical pathology) 、異状死等の解剖などがある。病理医は病気の早期発見・診断、摘出標本の検索や治療方針決定、治療効果・再発判定、不幸な転帰となった場合の病態・死因究明など病気全体に関わりをもっている[3]

針やブラシなどで採取された細胞、メスなどで切除した組織片、手術で切除された臓器等を病理材料と呼ぶ。病理材料の全体または部分について病理標本を作製し、病理標本プレパラート顕微鏡で数倍から数100倍に拡大して観察する。外科病理診断(surgical pathology)は外科的に切除された臓器や組織の病理診断、生検法で得られた材料の病理診断や術中迅速診断を指すことが多い。病理組織診断を行う病変部を病理医等が観察し記載することは肉眼診断とも呼ばれる。病変部が切り出されなければ診断することはできないので肉眼診断の適否が病理組織診断の適否に影響する。なお診療報酬では肉眼診断の評価はない。

病変の種類や診断目的によっては電子顕微鏡観察、免疫組織染色、遺伝子解析などの特殊な病理学的検索が必要になることがある。診断を強調するとき特殊病理診断と呼ぶ。特殊な技法を用いて病気を診断する特殊病理診断は技法名称を付して電子顕微鏡学的病理診断(電顕病理診断)、免疫組織学的病理診断、遺伝子病理診断・分子病理診断のように呼ばれる。特殊な技法の多くは検査試薬が高価で人的工数が大きいのであるが診断と治療のためには不可欠な場合がある。セルブロック法は胸水腹水等の液状検体についてパラフィンブロックを作成する方法である。液状検体について病理診断がなされる。免疫染色も可能であり、コンパニオン診断等に役に立つことが期待されている。

病理診断医が得意とするのは1) リンパ節転移に対する放射線療法の適応および照射範囲、化学療法の適応決定2) 悪性腫瘍の(内視鏡等による)早期発見と治療効果の判定3) 分子標的療法の適応決定4) 乳房温存手術など縮小手術の適応および切除範囲決定5) 症候的に悪性を疑わせる良性疾患への保存的治療の決定

である。したがって、病理診断医が力を発揮できる社会の条件として1) 高度先進医療が存在する一方で医療費の抑制が必要。2) 権利意識の向上、労働可能人口の減少、高齢者の増加によって不必要な侵襲的手技が許されない。

という2点が挙げられる。つまり、病理診断医が力を発揮できるのは医療先進国においてであるが、後進国ではCTの代わり剖検が担っていると言える。
医行為としての病理診断

病理医は患者に面談する機会は少ないが、患者の身体部分である病理材料を詳しく観察して病理診断を下し、その診断結果によって治療法等が大きく左右される。従って、病理診断は医師しか行うことのできない絶対的医行為である[4]。一般によく誤解されているが、病理診断は医行為であるため、厳密には「検査」とは異なる。患者から採取した組織検体を薄切してプレパラートにのせて標本を作製するまでは主に臨床検査技師が行う「病理検査」行為であるが、その標本を元に高度な医学知識を駆使して病変の種類や悪性度・良悪を診断するのは「病理診断」という医行為である。また、細胞検査において細胞検査士が悪性細胞をスクリーニングするのは「病理検査」行為だが、スクリーニング結果を基に病理診断(細胞診断)を下すのは医師にしかできない医行為である。登録衛生検査所で「病理検査」を受託しているところもある[5]が、これは検査所に所属している、あるいは検査所から委託された病理医があくまで助言・意見を報告しているに過ぎず、最終的な責任は検査を依頼した主従医(臨床医)にあるため、「病理検査」と呼ばれている。
病理診断が医行為であるとされた疑義照会回答

病理診断が医行為であると明確になったのは平成元年(1989年)である。

当時の日本病理学会総務幹事町並陸生からの疑義照会「患者(生存者)の病理診断に関し、標本の病理学的所見を客観的に記述すること(たとえば異型細胞が多い、好中球浸潤が多い等)は医行為ではないが、それに基づき病理学的診断(がんである等)を行うことは、結果として人体に危害を及ぼすおそれのある行為であり医行為であると考えるがどうか。」について、「貴見の通りである」(厚生省健康政策局医事課長)との回答がある(医事第90号平成元年12月28日)。

なお、昭和23年の疑義照会回答(昭和23.8.12 医312)で「被検査物について..(略)..検査をなしその結果を判定するのみならば医行為に属しないから..(略)..医師以外の者がこれを業としても差し支えないが..(略)..検査の結果に基づいてその病名を判断する如きは、医行為に属するから、これを業とするためには医師でなければならず、且つ診療所の手続きを取らなければならない」とあるが、当時は病理学的検査は含まれておらず検体検査として認識されていなかったようである。

病理診断における過誤と事故

病理診断においても医療事故(accident,予期しない結果)が発生しうる[6]そのうちの一部は病理診断過誤(malpractice)が原因となっている。切り出しが不充分であった、病理標本取り違えや他からの混入に気がつかなかった、異常を見落とした、病変を誤って解釈したなどが過誤に分類されている。病変の解釈は診断経験や知識によって左右される一種の見立てであるが、臨床情報の多寡・正確さ、診断者の多忙や疲れ・集中力不足などによっても影響を受けることがある。

病理診断においても技能向上の仕組みが必要であることは他の診療科とまったく同じであるが、一人病理医の医療施設が多い。病理診断と画像診断・臨床診断の不一致、細胞診断と病理診断の不一致などの場合には再検査・再診断によってより正確な病理診断を得ることができるので病理医と臨床医によるチーム医療体制が重要となる。

病理医はきわめて不足している。病理医不足により病理診断で多忙になるとき、病変解釈等において過誤が発生しやすくなることは否めない。または過緊張を強いられることになる。検査過誤が生じた場合に修正メカニズムが働き、医療事故を防ぐことのできる仕組みが欠かせない。医療機関以外での病理診断について行政上の配慮が必要である。

病理診断は医行為であるので、反復して行う場合は、その場所について医療機関の届けが必要である。医療機関外で医行為である病理診断を医業として行うことはできない[7]登録衛生検査所で実施されている病理検査は「臨床検査技師等に関する法律」に記された病理学的検査であり、検査報告書に基づいて、臨床医が当該病変について判断することになる。また教室プローベは、場所が医療機関でないことが多いので、病理診断科を標榜する医療機関または保険医療機関等に移行する必要がある。医行為である病理診断について過誤や事故があった場合は、医療機関としての対応ができない可能性がある。

病理診断科

病理診断が医行為であること、病理診断の医療機能への寄与、がん治療の均てん化などを背景にして、2008年4月1日の医療法改正で病理診断科が標榜診療科となった。同時に診療報酬点数表で第3部検査にあった病理学的検査が第13部に移り名称も病理診断に変更された。病理診断科には病理診断を専門とする医師が勤務しており、病理診断、術中迅速診断や剖検診断等を担当している。病理診断が医療機能評価において重要視されていることもあり、病理診断科を標榜する医療機関が増えてきている。

医療施設規模によっては非常勤病理医のこともあるが病理診断科標榜は医療機能の広告であり、患者にとっては分かりやすい医療施設の格付けである。

病理学会の調査(2012年7月現在)によれば、「病理診断科」を標榜している病院は、国立大学附属病院・関連施設では約19%、公立大学附属病院・関連施設では約22%、私立大学附属病院・関連施設では約27%であった。病理診断科標榜が進まないと判断した病理学会は「診療機関における「病理診断科」の名称使用のお願い」 ⇒[1]を発表するに至った(2013年3月)。しかし病理診断科を標榜しようにも病理医が不足しているために病理医を招聘できないこと、病理材料を検体検査として外部に委託できる制度があり病理診断科がなくとも病理診断機能を維持できること、さらには医療機関規模によっては病理判断料と病理検査外注によるインセンティブに比して病理診断科病理医による病理診断料が小さいときがあることなどが病理診断科標榜が進まない理由と考えられる。がん診療では病理診断が欠かせないことを国民に啓蒙し、病理診断科への期待を高める努力も病理医や医療機関に求められている。

医療費の領収書における病理診断の欄

2008年4月からは医療費の領収証に病理診断の欄が新設された。従来は病理診断の報酬は病理学的検査として第3部検査の欄に合算されていたが、第13部病理診断として分離独立[8]したのでそれに合わせて病理診断の欄が新設された。


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