生態系サービス(せいたいけいサービス、英: Ecosystem services)とは、生物・生態系に由来し、人類の利益になる機能(サービス)のこと[* 1][* 2]。「エコロジカルサービス」や「生態系の公益的機能」(せいたいけいのこうえきてききのう)とも呼ぶ。その経済的価値は、算出法により数字が異なるが、アメリカドルで年平均33兆ドル(振れ幅は16-54兆ドル)と見積もる報告もある[* 3]。
概要森林の生態系サービスには様々なものがある(酸素供給・土壌流出防止・洪水防止など)
人類は、生態系によって提供される多くの資源とプロセスから利益を得ている。このような利益は、まとめて生態系サービスと呼ばれており、水の浄化や廃棄物の分解といった過程が含まれる。これらの自然の資産を人間が必要とする面において、生態系サービスは、他の生態系に由来する産物や機能と異なっている。生態系サービスは、次の4種類あるいは5種類に分割することができる[* 4]。
(供給)食品や水といったものの生産・提供
(調整)気候などの制御・調節
(文化)レクリエーションなど精神的・文化的利益
(基盤)栄養循環[* 5]や光合成による酸素の供給
(保全)多様性を維持し、不慮の出来事から環境を保全すること (※海外ではこれを除くことが多い)
人口が増加するにつれ、環境への負荷(エコロジカル・フットプリント)も増加する。多くの人々は、これらの生態系サービスが無償で、壊れることが無く、無限に利用できるという誤解に汚染されていた。しかし、人類による酷使の影響は、絶えず明らかになってきている ? 空気と水質はより危険になり、海では魚が濫獲され、伝染病は歴史上の限界を超えて広がり、森林伐採は洪水の調節能力を損なっている。氷で覆われていない地表の約40-50%が人類の活動によって変化あるいは劣化しており、漁場の66%は過剰あるいは限界に達するまで酷使されており、大気の二酸化炭素濃度は産業化開始から30%以上増加しており、過去2000年で鳥類のほぼ25%は絶滅した[1]。
生態系サービスが脅威にさらされ限界状態になっているだけではなく、人類にとっての短期と長期のニーズのどちらを選択するのかについて早急な判断を迫られている…ということを、社会が理解し始めている。意思決定を行なう際に、人為的に運営される代替物で置き換えるコストに基づいて、多くの生態系サービスの経済価値を評価することが増えている。自然に対する経済価値を定めようとしている進行中の挑戦は、環境・社会的責任・ビジネスチャンス・人類の将来を、理解・管理することを通して、生態系サービスに関する研究が学際方向へ向かうことを促している。 人類は発祥の時から、人間が地球の生態系に依存していることについて、素朴な理解はもっていたであろう。当時は、狩猟採集者として、食糧としての自然産物・激しい気候から身を守る隠れ家としての生息地から利益を得ていた。人類に対するさらに複雑なサービスを生態系が提供するという概念は、少なくともプラトン(紀元前約400年)まで遡る(彼は森林伐採が土壌流失や水源枯渇を招くかもしれないことを知っていた)[2]。 生態系サービスの現代的な概念化は、1864年にマーシュが地中海沿いの土壌肥沃度に違いがあることを指摘することによって、「地球の天然資源が無限だとの既存概念」を覆したときから、始まったと考えられる[3]。当時は彼の観察と警告は見過ごされてしまい、その問題に対して再び社会の注意が向けられたのは、1940年代後期であった。この時代に、オズボーン[4]、フォークト[5]およびレオポルド[6]は、自然資本[* 6]の概念を伴った、人間の環境への依存にづき、研究を進展させた。 1956年、シアーズは、廃棄物を処理して栄養循環させる生態系の重要な役割に対する注意を喚起した[7]。エールリッヒによる環境科学の教科書では、次のように注意を喚起している。「人間の生存に対する最も微妙で深刻な脅威は、人間自身の活動に由来する、ヒトという生物種がまさに依存している生態系を破壊する可能性である[8]」 「生態的なサービス」という用語は、『重要環境問題に関する研究』[9]の中で提示され、またそこには昆虫媒介授粉(送粉)・漁場・気候制御・洪水予防がサービスとして例示されている。引き続く数年のうちに、用語が改定され、最終的には生態系サービスが科学文献での標準用語となった[10]。 生態系サービスは、以下の4種類あるいは5種類に分類できる[* 4][11][12]。 生態系サービスを通した人間と生態系の関係を理解する素材として、以下の例を示す。
歴史
例ストロマトライトの藍藻類は、太古から酸素を供給しているマルハナバチによる送粉糞虫のような動物は、廃棄物を一次生産者が再利用できる無機質に変えるのを助ける
供給サービス(Provisioning services)
食品の提供(猟場・漁場など含む)原材料(建築素材・繊維・染料・天然樹脂・接着剤・ゴム・油脂・医薬原料)エネルギー資源(水力・バイオマス燃料)
調整サービス(Regulating Services)
気候調整(光合成による二酸化炭素吸収を含む)洪水制御廃棄物の分解と無毒化
文化的サービス(Cultural Services)
文化的・知的・精神的な刺激レクリエーション・エコツーリズム・バードウォッチング科学的発見
基盤サービス(Supporting Services)
栄養循環・土壌形成作物の送粉と種子の拡散水と空気の浄化[* 7]伝染病の防御[* 7]
保全サービス(Preserving services)【注:海外ではこれを除く4種類[12]とすることが多い】
資源利用の確保(遺伝的多様性および種多様性の維持)災害に対する備え(傾斜地崩壊の予防など)
ニューヨーク市の水質浄化[13]
ニューヨーク市では、飲料水の水質が環境保護局が定める水準以下に落ち込んでいた。当局は、汚れてしまっていたキャッツキル水系(Catskill Watershed)
ハチによる送粉
アメリカ合衆国の食糧生産のうち、15-30%はハチによる作物への送粉が必要である。多くの大規模農家は、このサービスを作物に与えるため、非在来のミツバチを導入する。「カリフォルニア州の農業地帯で、野生のハチのみが部分的あるいは完全な送粉をもたらすことができた。あるいは、野生バチとミツバチとの行動の交互作用を通して送粉サービスを強化した」という報告がある[14] 。農場から1-2kmの距離にある野生バチが利用できるオーク森林と茂みの調和が、送粉サービスの供給を強く安定強化させることを、この研究は示している。
揚子江水系
揚子江水系において、生態学的に異なる森を通って流れる水系の空間モデルが、地域の水力発電に対する潜在能力を決定するために作製された。「水系の電力供給について、森をもし伐採した場合に比べて、森を維持することによる年間の経済的利益は2.2倍になる」という推定が、生態学的なパラメータ(植物・土壌・斜面の複合体)の相対的な価値を定量化することによって得られた[15]。
生態学虹の松原:防風が目的で植えられたマツが、優れた景観をもたらしている