琴引浜
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琴引浜琴引浜の鳴き砂の音。琴引浜ガイドシンクロの人物による実演

琴引浜(ことひきはま)は、丹後天橋立大江山国定公園の丹後半島海岸地区の一部で、京都府京丹後市網野町掛津地区および遊地区にまたがる海岸線の砂浜である[1][2]。古くは琴曳浜[1]、琴弾浜とも表記された[3]。摩擦係数の大きな石英を多く含むため、砂の乾燥した時期に歩くと砂の振動から「キュッキュッ」あるいは「ブブゥブブゥ」という音が鳴る[1]鳴き砂の浜としては、日本最大級の規模をもつ[4]
概要

日本海に面した砂浜で、花崗岩質の白砂から成り立っている[5]鳴き砂で有名な白砂青松の景勝地で、幅70?80メートル[6]。全長は1.8 キロメートルとされるが、砂浜は約1キロメートル[6]1987年昭和62年)に網野町の指定文化財に指定され[7]、2007年(平成19年)には国の天然記念物及び名勝に指定された。また、琴引浜は日本の白砂青松100選(1987年)、日本の渚百選(1996年)、残したい日本の音風景100選(1996年)に選ばれている[8]。2002年には同町内に琴引浜鳴き砂文化館が開館され、琴引浜を中心として世界の鳴き砂の展示や鳴き砂を事例に環境問題への啓蒙活動を行っている。

最大の特徴である鳴き砂は、摩擦係数の大きい石英を約7割含む砂同士の摩擦による振動により、音が鳴る[9]。砂の表面が他の物質で汚染されれば摩擦は小さくなり、砂は鳴らなくなるため、きれいな砂浜を守るための保全活動に高い関心が向けられている。2001年(平成13年)に網野町美しいふるさとづくり条例が制定され、世界初の禁煙ビーチとなった[10]。また、「琴引浜の鳴り砂を守る会」がゴミなどの清掃活動を行っている。琴引浜鳴き砂文化館では琴引浜に打ち上げられた漂流物が展示されており、韓国からのゴミや過去のナホトカ号重油の被害で鳴かなくなった鳴き砂を取り戻す作業風景の写真などが展示されている。1994年(平成6年)から毎年、ビーチ清掃を広める環境イベントとして「はだしのコンサート」が続いている[11]

夏には、海水浴客でにぎわう。海水浴シーズンを迎えると海開きが行われ、海開きの日には安全祈願祭が営まれる。2019年令和元年)は、6月30日に海開きした[12]
地名について

琴引浜という名前は、鳴き砂の「キュッキュッ」という音を琴の音色にたとえたことに由来している[13]。琴弾浜とも書く[13]。また、地形学的に「琴弾(ことひき)」という名前は、「小峠」が「寿」に、そして「琴弾」に転訛したものといわれている[14]。古くは掛の浜、掛津の浜であり[15]、琴引浜という名前が見えるのは、江戸時代の文献からである。

安永2年(1773年)から享和元年(1801年)に著述された博物誌『雲根志』では、「琴曳濱」と記され、「丹後国琴曳濱は一はまのころず砂紫(いさご)白にして透き、明らかに他の色なし。俗銀砂(ぎんしゃ)という。水晶砂とも琴曳砂ともいう。はなはだ清浄明白なり。この砂中を歩き行くに、自然として琴の音あり。雨後は一入調子高し。予が知れる人に琴を愛せる人あり。ここに至ってみずからこころむるに、実にあざやかなり。十三の調子音律ともに分ると。(原文ママ)」と述べられている[16]。また、ある人がこの琴曳濱の砂を大いに気に入り求め得て他の場所に敷きその上を歩いてみたが、琴のような音は鳴らなかったとも述べられている[16][17][18]

宝暦13年(1763年)から天保13年(1842年)にかけて執筆された地誌『丹哥府志[注 1]』では、掛の濱・太鼓濱の説明に続き、琴引濱について「太皷濱前後六七丁の間、足をひいて砂を磨る其聲涓然として微妙の音あり。螺?元の金微功奏?聲細玉□(車偏に今)輕調鶴管Cといふ一聯を急歩緩歩の間に□(言偏に巳)し得たり、實に天地の無絃琴なり。」とある[19] [20]

天保7年(1836年)に描かれた『丹後竹野郡掛津村耕地図』では、地図の北、海に面した白浜に「琴引濱」と記されている[21]
地理国の天然記念物及び名勝琴引浜の指定範囲琴引浜周辺の空中写真。
国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成。(1975年9月11日撮影)
地形・地質

琴引浜は、「網野砂丘」と称されるゆるやかな砂丘が海岸に沿って連なり、約7万年前に形成された古砂丘と、古砂丘の上30センチメートルほど被さるように海側に展開する約5,000年前に形成された新砂丘とで形成される[22]。2つの砂丘の下には、約1,300万年前の地層「網野累層」があり、砂岩泥岩凝灰岩礫岩で形成されている[22]。この地層は丹後半島の海岸の崖や、琴引浜中央部に露出する岩礁を見ることができる[22]

海岸を東からみていくと、東側には、飛砂防止堤が延び、その先には間人海岸を臨むことができる。浜の中央よりやや東側に流れ出る掛津川は、地元では景気川と呼ばれ、この小川は海流の影響を受けて浜辺の流路が変化する。その流れの方角で景気を占った[23]。浜のほぼ中央には1年を通して水が枯れたことがない白滝があり、『丹哥府志』によれば「瀧の高サ一丈餘り。山の半腹より水流れ出て岩に添ふて瀧となる。瀧の源川あるにあらず、小濱村の湖水爰(ここ)に流れ来るといふ。」と記される(原文ママ)[24]。かつてはこの滝の上に白滝大明神が祀られたが、1757年には場所を移したとみられる[25]後述)。

海岸中央より西にかけては陸繋砂州(トンボロ地形)が見られ、岩に波の力が弱められた結果、内側に洗われた砂が寄る。波で洗われて表面に付着物のないきれいな砂は砂同士が触れ合う際の摩擦が大きく、乾燥していると音が鳴る。この場所が鳴き砂の浜である[22]。拳でたたくとドンドンと、まるで太鼓のような響きを出す場所があり、ここは太鼓浜と呼ばれている[26]。砂が岩盤の上を移動するので、時期によって太鼓浜の位置も移動する。琴引浜を含む「網野海岸」の地質は、第三紀層堆積岩のうえに海浜礫の基底礫層が不均一に重なり、その上に海成の砂層が重なったものである[27]。かつて海底だった場所が地殻変動によって隆起し、波で浸食された海岸線が崖になったもので、その前面にできる波食台が、その後のさらなる隆起によって海水面より1?2メートル高くなった場所の一部が、琴引浜の岩盤となっている[27]

浜の一画に源泉が沸き出でる場所があり、「琴引温泉」とよばれる[28]。食塩を含む硫黄単純泉が浜から海へ流れ込んでいる[26]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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