王 菲
フェイ・ウォン
フェイ・ウォン(2011年)
基本情報
中国語王 菲
漢語?音Wang F?i
粤?Wong4 Fei1
出身地 中華人民共和国 北京市
生誕 (1969-08-08) 1969年8月8日(54歳)
国籍 中華人民共和国
別名夏林 (Xia Lin)
王靖?
英語名Shirley Wong
Faye Wong
職業歌手、女優
ジャンルC-POP、ロック
レーベル
Cinepoly
(英語版) 香港電影評論学会大奨
最優秀女優賞
2003年『天下無雙』
金曲奨
最佳國語女歌手獎
2004年「將愛」
その他の賞
ストックホルム国際映画祭
最優秀女優賞
1994年『恋する惑星』
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王 菲
各種表記
繁体字:王 菲
簡体字:王 菲
?音:Wang F?i
ラテン字:WongC Fei@
発音転記:ワンフェイ
英語名:Faye Wong
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王菲
王 菲(フェイ・ウォン、Faye Wong、1969年8月8日 - )は、中国出身の香港の歌手、女優。 1969年8月8日、 北京協和医院生まれ。生まれた当時は母の姓を取り「夏林(.mw-parser-output .pinyin{font-family:system-ui,"Helvetica Neue","Helvetica","Arial","Arial Unicode MS",sans-serif}.mw-parser-output .jyutping{font-family:"Helvetica Neue","Helvetica","Arial","Arial Unicode MS",sans-serif}?音: Xia Lin, シィア・リン)」と名づけられたが、14歳のとき、父の姓を取り「王菲」と改名。高校で歌を始め、北京で数本のカセットテープを発売した。 高校を卒業後香港へ移住。当初は海外へ留学するための経由地として香港へ移住したが、新しくやって来た移民は1年間香港から出国することが出来ない制度があったため、留学を断念し歌を習い始める。その歌の先生に勧められ、シネポリー・レコードのオーディションを受け、合格。1989年に王靖?(Shirley Wong(シャーリー・ウォン))の名で歌手デビューを果たす。当時のキャッチフレーズは“北京からやってきた女の子”。3枚のアルバムを発表したが、大きなヒットもなく、香港の音楽業界のシステムに馴染めなかった彼女は、1991年から1992年までの約半年間アメリカ合衆国に留学する。 シネポリー・レコードとの契約が1枚残っていた彼女は、1992年香港に戻り、アルバム 『Coming Home』を制作、発表。この時、英語名を本名に近いFaye Wongと改名。『Coming Home』の収録曲 「容易受傷的女人」(邦題:「傷つきやすい女」、中島みゆきが作詞・作曲をし、ちあきなおみに提供した「ルージュ」のカヴァー)は爆発的ヒットを記録、その年の香港の音楽賞を総なめにした。1994年には初めて母語である北京語のアルバム 『迷』(邦題:恋のパズル)を発表。台湾、東南アジアへの進出を果たした。同年に中文名を本名の王菲にし、それ以降本名で活動している。 主な活動拠点は香港で、ギネスブックにも「広東語のアルバム累計売り上げ」で世界一と認定されている[1]。中国語圏のみならずアジア圏を代表する歌手の一人ともいわれ、愛與痛的邊?など大ヒット曲にも恵まれ、香港では第二のテレサ・テンとも呼ばれる。 日本では、主演した映画『恋する惑星』がミニシアターでロングラン上映となる大ヒットをしたことにより、まず女優として一躍知名度を上げた。その後、プレイステーション用ゲームソフト『ファイナルファンタジーVIII』の主題歌「Eyes On Me」や、関西方面でJ-PHONE(現SoftBank)のキャラクターを務めた事、フジテレビ系のテレビドラマ『ウソコイ』に主演し主題歌「Separate Ways」を歌ったことでも知られる。特に「Eyes On Me」は50万枚の売り上げを記録し、オリコン総合シングルチャート最高位9位(洋楽チャートでは19週連続1位)を記録。第14回日本ゴールドディスク大賞では洋楽部門のソング・オブ・ザ・イヤーを、第41回日本レコード大賞ではアジア音楽賞を受賞した。また1999年3月には、日本国外を拠点としている中国人アーティストとしては初めて日本武道館でコンサートを行った(大陸中国人以外としては、当時イギリス統治下香港出身のアグネス・チャンが1978年に行っているのが初)。
経歴
リー・ヤーポンと再婚した後は仕事をセーブしていたが2010年に復帰。2006年5月に出産した次女の李嫣(リー・イエン)が重度の口唇裂であったことを公表、同じ障害に苦しむ貧しい子供たちの為の『嫣然天使基金』を(当時の)夫と共に立ち上げ、話題になった。2013年9月にリー・ヤーポンとの離婚を発表。
ディスコグラフィー詳細は「zh:王菲音樂作品列表」を参照
オリジナルアルバム
Cinepoly Records
1989年『王靖?』 - 日本盤未発売
1990年『Everything』 - 日本盤未発売
1990年『You're the Only One』 - 日本盤未発売
1992年『Coming Home』
1993年『悔やまぬ心で(原題:執迷不悔)』
1993年『十万回のなぜ(十萬個為什麼)』
1994年『恋のパズル(迷)』
1994年『夢遊(胡思亂想)』
1994年『天空』
1994年『背影(討好自己)』
1995年『マイ・フェイヴァリット(菲靡靡之音)』 - テレサ・テンのトリビュート・アルバム
1995年『Di-Dar』
1996年『アンサイティー(浮躁)』 - 『胡思亂想』にカバー曲を収録したのが縁で、イギリスのロックバンド、コクトー・ツインズから2曲プロデュースを受けている(「分裂」と「掃興」)。
EMI Records
1997年『フェイ・ウォン(王菲)』- 収録曲「人間」は中島みゆきが提供した楽曲(作詞は林夕)。中島も後に自身のアルバム『わたしの子供になりなさい』で「清流」とタイトルを変え、そして日本語詞を自ら書きセルフカバーしている。また「娯樂場」はコクトー・ツインズが提供した楽曲である(作詞は林夕)。
1998年『チャン・ヨウ?歌あそび?(唱遊)』
1999年『ラヴァーズ・アンド・ストレンジャーズ(只愛陌生人)』
2000年『フェイブル(寓言)』
2001年『光の翼(王菲)』
Sony Records
2003年『將愛』 - 日本盤未発売
浮躁音樂
2015年『敷衍』 - 日本盤未発売
ミニアルバム
1993年『如風 Autumn Version』 - 日本盤未発売
1994年『Faye Disc』 - 日本盤未発売
1995年『一人分飾兩角』 - 日本盤未発売