王溢正
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王 溢正
Wang Yi-Cheng台鋼ホークス #32
楽天モンキーズ時代
(2019年12月17日)
基本情報
国籍 中華民国台湾
出身地屏東県恒春鎮墾丁里
生年月日 (1985-10-09) 1985年10月9日(38歳)
身長
体重190 cm
84 kg
選手情報
投球・打席左投左打
ポジション投手
プロ入り2008年 CPBLドラフト2位
初出場NPB / 2012年6月6日
CPBL / 2013年7月21日
最終出場NPB / 2012年9月30日
年俸月給52万台湾元(2021年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)


国立屏東高級中学

中国文化大学

La Newベアーズ (2009)

横浜ベイスターズ
横浜DeNAベイスターズ
(2010 - 2013)

Lamigoモンキーズ
楽天モンキーズ (2013 - 2023)

台鋼ホークス (2023 - )

国際大会
代表チーム チャイニーズタイペイ代表
WBC2013年
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■プロジェクト:野球選手  ■テンプレート

王 溢正
各種表記
繁体字:王 溢正
?音:Wang Yizheng
注音符号:????????
和名表記:おう いつせい
発音転記:ワン・イージェン
英語名:Wang Yi-Cheng
テンプレートを表示

王 溢正(ワン・イージェン、1985年10月9日 - )は、台湾中華民国)の屏東県出身のプロ野球選手投手)。左投左打。現在は、CPBL台鋼ホークスに所属している。
経歴
プロ入り前

小学校4年の時に野球を始める。中国文化大学時代には斎藤佑樹横浜ベイスターズでチームメイトになる松本啓二朗細山田武史らが所属していた早稲田大学との親善試合に登板して2回を無失点に抑えている。その後、2008年CPBLのドラフトでLa Newベアーズから2位指名を受け入団、代訓選手(日本の育成選手に近い制度)として所属した。アジア野球選手権大会IBAFワールドカップチャイニーズタイペイ代表に選出され、代表チームのコーチである郭泰源から日本野球のアドバイスを受けた。
横浜時代横浜DeNAベイスターズ時代
(2012年4月1日、横須賀スタジアムにて)

2009年秋に横浜ベイスターズの秋季キャンプに練習生として参加。そこでの実力が評価され、同年12月5日に入団が決まった。球団史上初の台湾人選手でもあった。2010年11月20日
横須賀スタジアムにて

2010年は一度も一軍に昇格することはなかった。二軍では3先発を含める12試合に登板したが、0勝2敗で防御率8.40に終わった。

2011年は7月下旬に10日間一軍にいたが、登板することなく、二軍落ち。二軍では登板数で佐藤祥万に次ぐチーム2位の35試合に登板するなどタフな一面を見せた。防御率は前年から大きく改善され、3.55だった。

2012年、ファームでチームトップに並ぶ6勝(4敗)の成績を残したことから6月6日に一軍昇格。同日行われた対ロッテ戦(QVCマリンフィールド)でプロ初登板を先発で飾った。しかし、4回1/3を3失点で敗戦投手となる。その後も先発として6試合に登板したが、不安定な投球が続いて勝利を挙げることができなかった。シーズン最後の登板となった9月30日の対中日戦では4回2/3を11失点(自責点10)と大乱調で翌日二軍降格。そのまま一軍に戻ることなく、シーズンを終えた。

2013年1月14日に、第3回WBC本戦のチャイニーズタイペイ代表メンバーが発表され[1]代表入りした[2]。同大会の日本代表にDeNAからは一人も選ばれておらず、同球団からの唯一のWBC代表選手となった。1次ラウンドでは登板はなかったが、2次ラウンドのキューバ戦(3月9日)で大会初登板。


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