王と私
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王と私
ジャンルテレビ時代劇
原作
イ・スグァン
脚本ユ・ドンユン
演出キム・ジェヒョン、イ・ジョンス、ソン・ジェソン
出演者オ・マンソクク・ヘソンコ・ジュウォンチョン・グァンリョルヤン・ミギョンチョン・インファ、他
製作
制作SBS

放送
放送国・地域 韓国
日本
放送期間2007年8月27日 - 2008年4月1日
放送時間午後9時55分
放送枠月火ドラマ
回数63話
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王と私
各種表記
ハングル:?? ?
漢字:王? ?
発音:ワン グァ ナ
日本語読み:おうとわたし
ローマ字:Wang-gwa Na
英題:King and I
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王と私(おうとわたし、ハングル:?? ?)は、2007年韓国SBSにて2007年8月27日から2008年4月1日まで放送された時代劇ドラマ。全63話。

日本では、BS日テレにて2010年9月29日から同年12月30日まで放送(2011年4月15日から7月12日まで毎週月曜から金曜10時00分?10時55分で再放送)されたのち、BS-TBSにて2014年3月12日から同年6月12日まで放送(放送時間は毎週月曜から金曜7時00分?7時54分)された。
概要

キム・チョソン成宗の側室ユン・ソファとその子燕山君を守る姿と共に、内侍の人生が詳細に明かされている。

世祖時代「死六臣」から中宗が宮廷に入る「中宗反正」までを描く。

演出はキム・ジェヒョン(金在衡)が手掛けているが、2011年4月10日に彼自身が健康状態の悪化による病死のため、事実上の遺作となった。
出演
主要人物

キム・チョソン(金処善):オ・マンソク 子役:チュ・ミンス内侍[1]宦官)。後に内侍府長[2]、尚膳[3]。本作の主人公。初名チョンドン。ソンジョン、ユン・ソファとは身分を超えた幼なじみ。生後すぐに母と生き別れ、養母ウォラに拾われて育ち、ウォラの師ソグィが院長の内子院[4]で教育を受ける。
ソグィが「朝鮮一の内侍になる“三能三無”の子供」であると占い、内侍府長チョ・チギョムから養子に望まれる。一時はウォラの希望に沿って刀子匠[5]になろうとするが、ソファへの想いを断ち切れずに自ら去勢してチギョムの養子となり、名を「チョソン」と改め内侍となる。
様々な苦難や陰謀を乗り越え、ソンジョン、ヨンサングンに仕える。謹厳実直な人物であり、2代の王に重用される。ソファの処刑に立ち会い、ソンジョンとの思い出の品である玉牌の片割れを託される。後に内侍の政治的関与を禁じる内侍府改革を巡って養父チギョムと対立する。また実父の死の経緯を知り養子の縁を切る。
ソファの死の真相を知って暴君と化したヨンサングンに、意を決して民が恐れる王ではなく、民を恐れる王になるよう諫言し、恨みを忘れるためにソファの血のついたチョゴリを焼くよう進言するが、ヨンサングンの逆鱗に触れ、拷問を受け宮殿から追放される。まもなく呼び戻され復職するが、チギョムの謀反の後、新たな謀反の兆しがあることを知ったチョソンは、六角壺[6]を手にヨンサングンの宴席に割り入り、再び佞臣を退け諫臣を傍に置き、民心に耳を傾けるよう声を大にして諫言し、ヨンサングンに止められても更に言葉を重ね、ソファへの想いまで打ち明けると、それに逆上したヨンサングンに遂に斬りつけられ、絶命する。

ユン・ソファ(尹素花)/廃妃ユン氏ク・ヘソン 子役:パク・ボヨン本作のヒロイン。キム・チョソンの想い人。即位前のソンジョンと出会い見初められ、長じて側室に迎えられ、淑儀となる。父は政争に敗れて失脚し、生家は貧しく後ろ盾のない弱い立場だったが、父がセジョ即位に貢献した功臣であった縁で、チョンヒ大王大妃の庇護を受ける。コンヘ王妃の死後、ユン王子(後のヨンサングン)を産み正室(王妃)となるが、反対勢力から絶え間なく多くの陰謀を仕掛けられる。
学識高く、聡明で心優しい女性だったが、中宮としての責任感、ソンジョンへの偏愛、インス大妃や他の側室との確執、オウドンの出現で次第に豹変し、ソンジョンとの間に亀裂が生じて事あるごとに誤解され、疎まれるようになる。それでもソンジョンはソファを廃位するつもりはなかったが、ソファはユン王子を守るためというチョ・チギョムの言葉を受け入れ、自ら廃位を願い出て出宮、実家に戻る。その後も、ユン王子の無事を願って静かに暮らすソファを巡る陰謀は続き、チョン・ハンスによって偽造された王子宛ての恨みを綴った手紙などを理由についに賜薬を下される。事情を察したソファは、自分に対するのと同様に仕えてほしいとユン王子のことをチョソンに託し、粛々と賜薬を受け取り飲み干す。

ソンジョン(成宗):コ・ジュウォン 子役:ユ・スンホ李氏朝鮮第9代国王。キム・チョソンとは、若き日からの身分を超えた友。生後間もなく世子であった父が早世したため、母ハン氏(後のインス大妃)とともに母の実家に戻り、少年時代は王位継承権から遠いこともあり、宮殿外で自由奔放に育つ。厳格な母よりも乳母のオ氏に深い母性を感じ甘える。母が息子たちの無病息災の祈祷のためにウォラ(チョソンの養母)を呼んだことをきっかけにチョソンと知り合い、親しくなる。ユン・ソファともその頃に出会った。
叔父であるイェジョンが急逝すると、祖母チョンヒ大王大妃と義父ハン・ミョンフェの政治的結託により、兄を退けて即位。別れ際に、ソファに恋の証として大切な玉牌を割ってその片割れを贈り、それを互いに大切に持ち続けた。一目惚れしたソファを正室にと望んでいたが叶わず、幼くしてハン・ミョンフェの娘との結婚を強いられる。王妃選びの際には、将来を誓い合ったソファが選ばれなかった心痛から、恋煩いで床に臥せるほどソファに恋焦がれていたソンジョンだったが、青年期にはソファから心が離れ、オウドンとの情事でソファ廃妃の要因を作ってしまう。しかし、ソファの廃位及び賜死の処断には苦しんだ。
重臣たちに世子ユン王子のことを頼み、ユン王子には王子のために自決した母の望みどおり聖君になってほしいと告げて王の道を説き、後事をインス大妃に託して崩御する。

ユン王子/ヨンサングン(燕山君):チョン・テウ 子役:チョン・ユンソク李氏朝鮮第10代国王。ソファが自らの死をもって守った王子。幼いころから聡明で、周囲からは聖君の素質があると評されており、ソンジョンが倒れた時はお付きの内侍キム・ジャウォンに唆されて宮殿外に遊びに出ていたが、貧しい民の暮らしを目の当たりにして衝撃を受け、途中で宮殿へ引き返した。即位当初は、民の涙をぬぐえる聖君になろうと誓い、財政再建や領民救済を素早く実行するため、朝廷の反対を押し切って手荒な手法で改革を進めた。当初は、セジョの時代のような王権強化を目指し、チョ・チギョムから献上された不正の調査報告書を元に廃妃の一件を名分に朝廷の重臣たちを処分し、その家財を没収することで功臣田を王室に取り戻そうという意図があったが、しかし奸臣ジャウォンの暗躍もあり、徐々に歯止めが利かなくなる。そんな中でも尚膳チョ・チギョム及び内侍府長キム・チョソン父子への信頼は厚く、重用した。チギョムがかつて親友であるチョソンの父を裏切り死なせたことを認め、当時のことが書かれた内班院日誌[7]を渡されたチョソンが、親の敵を父と慕ってきたのかと思い悩み辞職を願い出ると、ヨンサングンは、親が逆賊でも関係ないと引き止め、チョソンに休暇を与える配慮を見せる一方、父が剛健な王だったら母は死なずに済んだと、ますます強固な王権に憧れていく。奸臣キム・ジャウォンに乗せられ、一時は納得し今後は話題にしないと決めた母ソファの死の真相を知り豹変、恐怖の暴君と化し、母に賜薬を下すことに同調した者や見殺しにした者すべてを処刑するよう命じ、血まみれの報復政治で多くの重臣らを粛清する。その一方で、忠臣と信じた者たちが母を殺したと知った虚しさと王としての孤独さから、民心を顧みず、気晴らしのために国中の妓生を集め、佞臣と酒宴に興じてばかりいるようになる。三司[8]の忠言を聞き入れず、内侍を手始めに朝廷の重臣に至るまで、その首に慎言牌(シノンペ)を掛けさせて一切の諫言を封じる。ついには激昂のあまり、幼い頃からそばに仕え、我が子のようにかわいがってくれた忠臣中の忠臣と信じるチョソンまでを斬り殺してしまい、後悔の念に駆られる。
その後、夢にチョソンが現れるようになり、思い悩んで宮殿で亡くなった霊を慰めるための祭祀を行い、更に心機一転、妓生を追い払い、民の声を聞くと決め、チャスン大妃のための宴を開催する。その宴席に反乱軍が踏み込み廃位を告げられるも冷静に受け止め、素直に従う。流刑地へ向かう途中、ウォラからソファがチョソンに託した玉牌の片割れを渡される。流刑先では粗末な小屋で暮らし、母を恋しがる幼い日の自分と、なだめて背負うチョソンの姿を思い出す。

チョ・チギョム(趙致兼):チョン・グァンリョル 内侍府長。後に尚膳。キム・チョソンの義父。両班出身。カリスマ性を備えた宮廷の陰の実力者。扇術、笛が得意。第4代王セジョン(世宗)大王の時代からヨンサングンまで7代の王に仕えてきた。王室への忠誠は厚いが、非情な冷徹さを併せ持ち、ハン・ミョンフェと結託して、セジョ即位に功を立てる裏では、親友キム・ジャミョン(チョソンの実父)を裏切り、死に追いやった。また、内侍への締めつけを強めるイェジョンを、ハン・ミョンフェと共謀して暗殺によって排除し、年若いソンジョンを即位させるなど、政治に積極的に関与する。イェジョンの一件の際にハン・ミョンフェから念書を取っており、そのため朝廷一の実力者ハン・ミョンフェといえども、チギョムには容易に手が出せない。
ユン王子の世子冊封と引き換えに、内侍府長をヤン尚薬に譲り引退する。後に内侍の政治的関与を禁じる内侍府改革を巡り対立したチョソンにより追放され失脚する。オ氏の死後、数年間ト・グムピョを供に地方巡回に出る。都に戻ると、廃妃の件の真相をヨンサングンに問われ、「廃妃ユン氏は嫉妬からソンジョンの顔を傷つけ、また側室の毒殺を謀って廃妃になり、その後も新王妃毒殺や恨みを綴った手紙を王子に送ろうとして処分された」と、表向きの経緯だけを答えて真相を伏せるが、嵐の到来を予感する。


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