猿渡川
豊田市道環状2号線欅橋上から上流側を望む
(2019年(令和元年)5月)
水系二級水系 猿渡川
種別二級河川
延長17.5 km
流域面積47.2 km²
水源愛知県豊田市山之手
水源の標高約40 m
河口・合流先知多湾(三河湾)
流域愛知県西三河地方
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猿渡川(さわたりがわ)は、愛知県西三河地方を流れる猿渡川水系の二級河川。愛知県豊田市山之手に端を発し、安城市、知立市、刈谷市を流下して知多湾(三河湾)に注いでいる。流域面積は47.2平方キロメートルであり、全長は約17.5キロメートルである[1]。 下記参照[1]。 河川名流域自治体流域面積 流域の標高は0メートルから約40メートルであり、勾配は1/400程度の低平地である[1]。流域人口は16.6万人であり、北西側に隣接する境川の流域人口(50.3万人、逢妻川流域人口20.8万人を含む)の約1/3である[1]。境川・逢妻川流域の刈谷市北部には農業用のため池が数多くみられるが、猿渡川流域の刈谷市中部・南部は明治用水西井筋や中井筋の水を農業用に利用できるため、ため池はみられない[3]。 豊田市市街地から南に約1キロメートル、トヨタホーム丸山営業所裏の側溝、展示場付近の谷地の側溝が源流である。昭和の地域地図を見ると、この側溝が大風川と明記されている。この付近は緩やかな谷地であるが、谷頭は前記駐車場のすぐ北側にあるトヨタホーム愛知丸山営業所に迫っており、高低差もわずかに数メートルである。この谷を200メートルほど下った丸山町9丁目西交差点と丸山町9丁目東交差点の間の信号のない交差点の下をくぐり、山之手2丁目に入ると開渠となる。ここから愛知県道491号豊田環状線を再び暗渠でくぐり、スギ薬局の裏手を流れて、山之手公園北端で開渠となり公園内の北端?西端を回る。山之手公園内では、山之手小学校西側の住宅街の緩やかな谷を源流とする流れも合流する。この時点では、猿渡川ではなく大風川と呼ばれている。 ここからは、名鉄三河線(山線)と愛知環状鉄道・愛知環状鉄道線に挟まれた、並行に走る両鉄道線の中央部となる豊田市大林町を南南西に流れる。西側約1.5キロメートルの距離には逢妻川が大風川(猿渡川)に並行して流れており、流域には上流から下流まで田園が広がっているが、トヨタ自動車、トヨタ車体、デンソーなど、トヨタグループ企業の工場も数多く立地している。 豊田市大林町から豊田市西田町大風にかけては、幅の広い谷の中央付近を流れており、この谷が大風川によって侵食されて形成されたことがわかる。途中には、農業用水の看板や東名高速道路のすぐ北側にある橋の名板に、大風川の名前が確認できる。 豊田上郷サービスエリア付近で東名高速道路をくぐる地点で、愛知県の管理となり、猿渡川と名前を変える。さらに伊勢湾岸自動車道をくぐって安城市に入ると、西南西に向きを変えて安城市北部を流れる。やがて知立市に入ると市のほぼ中央部を横断し、愛知県立知立東高等学校などを横手に見ながら、名鉄名古屋本線、衣浦豊田道路、国道23号(知立バイパス)、東海道新幹線、国道419号を越えて刈谷市に入る。刈谷市では南西に向きを変え、市中部(旧刈谷町)と南部(旧依佐美村)の境界となる。 刈谷知立クリーンセンター付近では、安城市篠目町付近から真西に流れてきた猿渡川最大の支流吹戸川(支流に割目川)を集め、JR東海道本線を越える[4]。愛知県立刈谷東高等学校やミササガパーク(猿渡公園)の脇を流れ、名鉄三河線(海線)や刈谷自動車学校の脇を通り、愛知県道50号名古屋碧南線の猿渡大橋が最後の橋である。衣崎町付近で支流の下り松川を集め、その後境川と合流する[4]。 河川よみ次数種別管理者主な経過地河川延長
境川水系 / 猿渡川水系の基礎情報
(km2)幹線延長
(km)流域人口
(万人)支川数
境川境川名古屋市緑区、刈谷市、豊田市、安城市、東海市、大府市、
知立市、豊明市、日進市[2]、愛知郡東郷町、知多郡東浦町、みよし市221.024.029.526
逢妻川刈谷市、豊田市、安城市、知立市、みよし市86.210.620.87
猿渡川刈谷市、豊田市、安城市、知立市47.217.516.65
地理愛知県西三河地方と境川/猿渡川水系の流域図
流路
主な支流
(km)備考
猿渡川
大風川さわたりがわ
おおかぜがわ本川二級河川
準用河川愛知県
豊田市刈谷市、知立市、
安城市、豊田市17.5
下り松川
薬師川さがりまつがわ
やくしがわ1次支川二級河川
準用河川愛知県
刈谷市刈谷市、知立市
堀川
江川
山の田川
碧海台地には先土器時代から人々が生活していた[7]。縄文時代には猿渡川下流部でも集落の発達が見られ[7]、流域からは中条貝塚(後期)や野田貝塚(晩期)が発見されている[8][9]。弥生時代から古墳時代には集落が中流域両岸の台地縁辺に集中し始め、多数の弥生土器、土師器、須恵器などが出土している[7]。
近世以後