猿の軍団
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SFドラマ 猿の軍団
ジャンル
SF
原作小松左京豊田有恒田中光二
脚本阿部桂一若槻文三田口成光
監督奥中惇夫、香月俊一郎、深沢清澄、土屋統吾郎
出演者潮哲也
徳永れい子
梶正昭
斉藤浩子 ほか
オープニング子門真人(と杉並児童合唱団[注釈 1]「猿の軍団」
製作
プロデューサー高橋亦一(円谷プロダクション)
忠隈昌(TBS)
制作円谷プロダクションTBS

放送
音声形式モノラル放送
放送国・地域 日本
放送期間1974年10月6日 - 1975年3月30日
放送時間日曜 19:30 - 20:00
放送分30分
回数26
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『SFドラマ 猿の軍団』(エスエフドラマ さるのぐんだん)は、1974年10月6日から1975年3月30日までTBS系で毎週日曜日19:30 - 20:00に全26話が放送された、円谷プロダクション製作のSF特撮テレビ番組
概要

映画『猿の惑星』のテレビ放映が37.1%の高視聴率を得たことに端を発した企画で、「猿に支配された世界に迷い込んだ人間の逃避行」という同映画の内容を踏襲した作品である[1][2][3][4][5]。また、『日本沈没』『ノストラダムスの大予言』など、「滅亡」「破滅」をモチーフにした書籍や映像作品がヒットしていた「終末ブーム」の影響もあり、「人類滅亡」をストレートに描いた作品でもあった[2][6]

円谷プロダクション作品としては初めて原作者を起用しており[7][5]、SF作家の小松左京豊田有恒田中光二の3人を招き、ストーリー構築や科学考証に力を入れて、当時特撮ドラマの主流であったヒーロードラマとは一線を画したハードな内容を目指した。この時期の特撮作品としては珍しく、連続ドラマ形式となっているのも特徴である[5]

この時期、TBSはSFドラマに力を入れており、20時から20時55分に同じ小松原作のSFサスペンス『日本沈没』が放送されていたので、日曜日は小松作品が90分間2本連続で放送されていた[6]。しかし関東・関西・中京の各広域圏や北海道・福岡県などの民放4局以上の地域では裏番組に『宇宙戦艦ヤマト』(読売テレビ制作・日本テレビ)と『アルプスの少女ハイジ』(フジテレビ)があり、特に『ヤマト』とはSFファンの間で人気を二分しており[注釈 2]、視聴率で苦戦した[9][2][10][注釈 3]。当番組終了の2日前には、同じ円谷プロ&TBS作品『ウルトラマンレオ』が終了し、第2期ウルトラシリーズが終結を迎えたことで、1976年10月1日に『恐竜探険隊ボーンフリー』(NET系)が放送されるまで、円谷プロ製作の特撮作品は1本もなくなってしまう[7]
制作
企画経緯

本作品の発端は、TBSプロデューサーの橋本洋二が円谷プロダクションの満田かずほに次の企画を訊ね、満田が咄嗟に『猿の軍団』と答えたことに始まる[3]。企画当時の円谷プロダクションは子供番組の多様化などによりウルトラシリーズが伸び悩み、新たな方向性を模索している時期でもあった[11]。本作品の成立には、クレジットはされていないが橋本が実質的な舵取りを行っていたとされる[12]

原作者の一人である小松左京も橋本が声をかけ、小松が共同原作者として豊田有恒と田中光二を引き入れた[3]。小松は生前の円谷英二との対談の中で、円谷に原作を提供することを約束していた[13]。豊田は当時『宇宙戦艦ヤマト』にも原案として参加しており、本作と『ヤマト』の放送時間が重なることが決まったことで『ヤマト』プロデューサーの西崎義展から本作の降板を要請されたが、豊田は小松らへの義理立てからこれを断り、『ヤマト』ではSF考証という立場に退くこととなった[2][14]

小松の定宿としていた赤坂のホテル[注釈 4]で主要スタッフ[注釈 5]によるプロット会議が月2回の頻度で行われていた。『猿の惑星』を意識した作品であるため、TBSの弁護士の提案による訴訟対策として、本作品がオリジナル企画であることを示すためにこの会議の模様はすべて録音されていた[11]
ストーリー・SF考証

小松は『猿の惑星』について、映画は高く評価していたが、原作では猿が日本人のカリカチュアライズであったことに不満を抱いていた[14]。本作品ではそういった部分を含む同作の不十分な点を是正し、しっかりとしたSF考証を行うことを目指した[14]

例として、『猿の惑星』ではチンパンジーが穏和、ゴリラが攻撃的と描かれていたのに対し、本作品では現実に攻撃性の強いチンパンジーをタカ派、穏和なゴリラをハト派に設定するなど、猿に対する動物学的な視点が正確に考察された[15][5][14]。猿の軍団による管理社会も、猿の階級社会を発展させたものである[14]。また第9話のエピソードは、他の群れの子供をさらって育てるというヒヒの生態が基になっている[14]。なお、劇中の猿の側での人間への呼称「裸の猿」は、イギリスの動物学者デズモンド・モリスの著書「裸のサル」に由来している。

他にも冒頭のコールドスリープについて、最終話で単なる人工冬眠ではなかったことが解説されている。劇中の謎として描かれた空飛ぶ円盤と「ユーコム」の存在は、終盤で人類滅亡の真相が明らかになる上での伏線になっており、半年間のドラマを一貫性のあるものにした。原作者陣はこうした難解なSF設定について、子供番組という意識は持ちつつも手加減はせず、誰にでもわかるようにしようという姿勢であった[14]

また、作劇的にも猿人一人一人に人間的な性格を設定し、「猿の国の政治抗争」や「人間と猿との友情」など仮面劇としてのドラマ性が強化された。猿のキャラクター付けは脚本家陣の役割となっており、脚本の田口はビップ大臣について、政治批判の意図はなかったが理想の指導者を描きたかったと述べている[11]

一般の猿の生活は、日本の農村を模したものとなっている。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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