特殊捜査班
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熊本県警察刑事部の人質立てこもり部隊の訓練状況

特殊事件捜査係(とくしゅじけんそうさかかり)は、日本の警察刑事部に設置されている部署のひとつ。高度な科学知識・捜査技術に精通し、誘拐ハイジャックなど人質がいる事件や大規模な業務上過失事件、爆破事件などに対処する[1][2]刑事警察の捜査員(刑事)による組織であるが、このような所掌をもつことから、人質救出作戦部隊としての側面もある[3]

警視庁及び道府県警察本部刑事部捜査第一課に設置されており、警察庁では「特殊事件捜査係」と総称しているが[1]、実際の部署名は、特殊犯捜査係や特殊事件係、特殊犯捜査班、特殊事件捜査班、特殊犯事件対策室など、各警察本部によって異なっている。また通称名についても、警視庁ではSIT(Special Investigation Team)、大阪府警ではMAAT(Martial Arts Attack Team)など、非常に多彩になっている[4][5]
来歴

昭和40年代の日本では、科学技術の進歩や高度経済成長に伴う生活・行動様式や価値観の変化に伴って、新たなタイプの犯罪が問題となっていた。従来は考えられなかったような大型犯罪の発生や、犯罪の広域化・スピード化、爆発物や銃火器を使用した凶悪犯罪や、大量輸送機関に関連した事件事故などがそれであった[1][2]

そしてまた、1963年吉展ちゃん誘拐殺人事件は、刑事警察に対して深刻な教訓となっていた。この事件では、最終的に犯人の検挙にこぎつけたことで対外的な面目は保たれたものの、警察側の体制不備のために身代金を奪われ、現場での犯人確保にも失敗し、そして人質の救出も果たせなかったことで、警視庁上層部は深刻な問題意識を抱いていた[6]

この状況に対し、1964年4月1日、警視庁刑事部では捜査第一課に特殊犯捜査係を設置した[7]。また警察庁でも、吉展ちゃん誘拐殺人事件の教訓を踏まえて、昭和45年度に「刑事警察刷新強化対策要綱」を策定し、捜査体制の抜本的な強化を打ち出した[7]。この一環として、同年より各警察本部への特殊事件捜査係の設置が図られることになり[1]1981年3月までに全ての道府県警察本部に設置された[2]
編制
所掌

警視庁が特殊犯捜査係を設置した際には、「誘拐事件の捜査に関すること」が事務分掌の第一項目とされており、いわば日本初の「誘拐捜査専門部隊」といえるものであった[6]。また警察庁では、「新型・特殊な事件の捜査経験に富み、高度な科学知識および捜査技術に通暁した専任捜査官を警察本部に常駐させておき、管内のいかなる場所で事件が発生しても、速やかに応援捜査を行えるように設置された部署」として位置付けられていた[1]

一般的な事件の捜査は事件発生後に行われるのに対し、誘拐事件・人質事件では現在進行形の捜査が行われるのが特徴となる[6]。誘拐・恐喝事件では被害者家族や社員になりすまして犯人との交渉や身代金受け渡しを、また人質立てこもり事件では犯人への説得交渉などを行なって事件の解決を図る[4]。このため、車両を使用した追跡や特殊通信、逆探知交渉(説得)技術の訓練などの技術を備えている[3][4][6]

またこのような所掌を持つことから、刑事としての捜査だけに留まらず、人質救出作戦も担当するようになっていった[3][4]。この結果、しばしば対テロ作戦を担当するSATとの境界線が問題になっており、政治的な背景をもった事件は警備部(SAT)、そうでない事件は刑事部(SIT)とされているものの、実際にはその区別がはっきりせず、結局はその都度警察本部長の裁定を受けることになっている。概して、戦技・体力ではSAT、捜査力ではSITが優れているとされていることから、1992年には警視庁第六機動隊特科中隊(SAP; SATの前身組織)から選抜された隊員がSITに編入されているほか[8]1995年9月にもSAT経験者7名がSITに配属されるなど、人的交流が図られている[9]。また青森県警察のように、刑事部と警備部の合同部隊を準備し、対テロ作戦も兼務させている警察本部もある[3]
組織

特殊事件捜査係、あるいはそれに相当する部署は、各警察本部の刑事部捜査第一課に編成されている。警視庁では、2000年代初頭の時点で、特殊犯捜査係全体で60名強、特殊犯捜査第一・二係に限っても30名弱の捜査員が配されていた[6]。また創設自体は警視庁に遅れを取ったとはいえ、三菱銀行人質事件(1979年)やグリコ・森永事件(1984年?1985年)を経験した大阪府警察も、全国に先駆けて拳銃を使用する立てこもり事件への対処方法を研究するなど、特殊犯捜査係に力を入れてきた[10]
警視庁特殊犯捜査係の編成

警視庁の特殊犯捜査係はSIT(エスアイティー[11]またはシット[6])と通称される。これは1987年12月の警視庁刑事部の組織改編に伴って、警視庁本部庁舎から麹町1丁目の元警視総監公舎(三番町公舎)に移転した際に、部屋に表札を掲げることになり、マスコミの目を避けるため、部署名そのままではなくローマ字表記(Sousa Ikka Tokushuhan)の頭文字を取ってSITと記載したものであった。その後、在外公館勤務経験者の捜査第一課管理官がSpecial Investigation Team(特捜班)の略と解釈してしまい、これが後付けで公式名称となったものといわれている[3][4][6]

1964年4月に創設された時は、警部1人・警部補1人・巡査部長2人・巡査2人の計6人体制であり、6月には婦人警察官が配置された。その後、連続企業爆破事件に伴って1975年には67人に増強されたが、同年5月の犯人グループの逮捕・指名手配を受けて、従来の体制に戻された[6]2019年現在では下記のような組織となっている[12]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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