物質量
[Wikipedia|▼Menu]

物質量
amount of substance
量記号n
次元N
種類スカラー
SI単位モル(mol)
テンプレートを表示

物質量(ぶっしつりょう、英語: amount of substance)は、物質の量を表す物理量のひとつ[注 1]である[1]。系の物質量(記号は n)は、特定された要素粒子の数の尺度である[2]。要素粒子(英語: elementary entity)は、原子、分子、イオン、電子、その他の粒子、あるいは、粒子の集合体のいずれであってもよい。

物質量は1971年に国際単位系 (SI) の7番目の基本量に定められた。表記する場合は、量記号はイタリック体の n、量の次元の記号はサンセリフ立体の N が推奨されている[3]。物質量のSI単位はモルであり、単位記号は mol である。熱力学的な状態量として見れば示量性状態量に分類される。
定義

物質量は、要素粒子の個数に比例する。ある物質の物質量を求めるには、まずその物質の要素粒子を指定しなければならない。化学式 X で指定される要素粒子を以下、要素粒子 X と記す。

要素粒子 X の個数を N(X)、アボガドロ定数を NA とすれば、物質量 n(X) は次の式で定義される。

n ( X ) = N ( X ) N A {\displaystyle n(\mathrm {X} )={\frac {N(\mathrm {X} )}{N_{\rm {A}}}}}

物質量のSI単位モルであり、モルの単位記号は mol である。少量の物質の量を表すときは、モルにSI接頭語をつけたミリモル (mmol, 10−3 mol)、マイクロモル (μmol, 10−6 mol)、ナノモル (nmol, 10−9 mol) などの単位が使われる。

N(X) は個数という無次元量であり、n(X) は物質量の次元 N を持つので、アボガドロ定数の次元は物質量の逆数 N−1 となり、その単位はモルの逆数 (mol−1) となる。

NA = 6.02214076×1023 mol?1 である。

また、物質量の歴史および単位の定義については「モル」の記事を参照のこと。
簡単な例
水溶液

容器に入った食塩水中の各物質の物質量を考える。

水の物質量 n(H2O) は、食塩水に含まれる水分子 H2O の数を NA で割ったものに等しい。

水素原子の物質量 n(H) は、食塩水に含まれる水素原子 H の数を NA で割ったものに等しい。1個の H2O 分子は2個の H 原子を含むので、n(H) は n(H2O) の2倍に等しい。

ナトリウムイオンの物質量 n(Na+) は、食塩水に含まれるナトリウムイオン Na+ の数を NA で割ったものに等しい。

塩化物イオンの物質量 n(Cl−) は、食塩水に含まれる塩化物イオン Cl− の数を NA で割ったものに等しい。食塩水にはナトリウムイオンと同数の塩化物イオンが含まれるので、n(Cl−) は n(Na+) に等しい。

塩化ナトリウムの物質量 n(NaCl) は、形式的には、食塩水に含まれる要素粒子 NaCl の数を NA で割ったものとして定義される。しかし、食塩水中には化学式 NaCl で表される粒子は実際には存在しない。なぜなら塩化ナトリウムは、食塩水中ではナトリウムイオン Na+ と塩化物イオン Cl− に分かれて溶けているからである[注 2]。この例のように要素粒子が仮想的な粒子であっても、食塩水中に含まれる塩化ナトリウムの質量 m と後述するモル質量 M(NaCl) とから物質量 n(NaCl) を求めることができる。

合金

ステンレス鋼板に含まれる各元素の物質量を考える。

原子の物質量 n(Fe) は、板に含まれる鉄原子 Fe の数を NA で割ったものに等しい。

炭素原子の物質量 n(C) は、板に含まれる炭素原子 C の数を NA で割ったものに等しい。

クロム原子などの他の元素 E の物質量 n(E) も同様に、板に含まれる原子 E の数を NA で割ったものにそれぞれ等しい。

化学反応

重曹熱分解 2 NaHCO 3 ⟶ Na 2 CO 3 + CO 2 + H 2 O {\displaystyle {\ce {2NaHCO3 -> {Na2CO3}+ {CO2}+ H2O}}}

を考える。熱分解前の重曹の物質量を n(NaHCO3) とする。

ナトリウムイオンの物質量 n(Na+) は、n(NaHCO3) に等しい。n(Na+) は熱分解の前後で変化しない。

炭酸水素イオンの物質量 n(HCO3−) は、熱分解の前は n(NaHCO3) に等しい。熱分解の後は n(HCO3−) はゼロになる。

一般に、化学反応式の係数の比は物質量の比(モル比)に等しい。よって以下のことが言える。

熱分解で発生する水の物質量 n(H2O) は、n(NaHCO3) / 2 に等しい。

熱分解で発生する二酸化炭素の物質量 n(CO2) は、n(NaHCO3) / 2 に等しい。

熱分解後に残る炭酸ナトリウムの物質量 n(Na2CO3) は、n(NaHCO3) / 2 に等しい。

炭酸ナトリウムに含まれる炭酸イオンの物質量 n(CO32−) は、n(Na2CO3) に等しい。よって熱分解前の n(HCO3−) の 1/2 に等しい。

物質の量を表す物理量
粒子の個数と物質量

日常的には、物質の量は「2 Lの水」のように体積で表すか、「5 kgの食塩」のように質量で表すことが多い。しかし、目に見える大きさの物質は、原子分子イオンなどの目に見えないほど小さな粒子(これらの粒子やこれら粒子の組み合わせを物質の要素粒子という)から構成されていて、不連続構造をもつ。そのため、物質の量を、物質を構成する要素粒子の数で表すことも可能である。目に見えるか見えないかくらいの少量の物質でも莫大な数の要素粒子からできているので、要素粒子の個数そのものではなく、要素粒子の個数を非常に大きな定数で割ったもので物質の量を表す[4]。この大きな定数をアボガドロ定数といい、要素粒子の個数をアボガドロ定数で割ったものを物質量という。アボガドロ定数は物質の種類や温度、圧力などにはよらない定数なので、要素粒子の個数と同様に物質量でも物質の量を表すことができる。

例えば、三千(= 3×1015)個の分子からなる物質の量は、物質量で表すと約 4.98 nmol(= 約 4.98×10?9 mol) になる。この関係は分子・原子の種類や温度にはよらない。三千兆個の水分子からなる水の物質量は約 4.98 nmolであり、三千兆個の炭素原子からなるダイヤモンドの物質量も約 4.98 nmolである。また、三千兆個の水分子を含む水蒸気の物質量は、三千兆個の水分子から構成される氷の物質量と等しく、約 4.98 nmolである。

粒子の個数そのものは不連続な離散量であるが、それが莫大な個数なので、物質量は体積や質量と同様に連続量として扱える。つまり、物質量を微分したり物質量で微分したりすることができる[5]。例えば反応速度論において、物質 X の生成速度は物質量の時間微分 dn(X)/dt や物質量濃度の時間微分 d[X]/dt で与えられる。あるいは熱力学において、ギブズエネルギーが温度 T、圧力 p、物質量 n(X1), n(X2),・・・, n(XC) の関数として与えられているとき、ギブズエネルギー G を物質量 n(Xi) で偏微分すると成分 Xi の化学ポテンシャル μi が得られる[注 3]
質量と物質量

物質量は、動力学に基づく量である質量に比例する。物質 X の質量が m であるとき、物質 X の物質量は

n ( X ) = m M ( X ) {\displaystyle n(\mathrm {X} )={\frac {m}{M(\mathrm {X} )}}}

で与えられる。ここで係数 M(X) は物質 X のモル質量である。モル質量 M(X) は要素粒子1個あたりの質量 m/N(X) にアボガドロ定数 NA を掛けたものに等しい。

モル質量は、アボガドロ定数と同様に温度や圧力にはよらないが、アボガドロ定数とは違って要素粒子の種類によって異なる。すなわち、モル質量は要素粒子に固有の定数である[注 4]。モル質量を g/mol の単位で表したときの数値は式量分子量原子量)に等しい。※2019年5月20日の定義変更までは原子量にg/molを付すと厳密にモル質量であったが、再定義以降、モル質量定数は定義定数でなくなり、CODATA2018推奨値では0.99999999965(30) g/molとなった。例えば、水のモル質量は M(H2O) = 18.02 g/mol であり、炭素のモル質量は M(C) = 12.01 g/mol である。したがって、1 gの水の物質量は 55.5 mmolであるのに対して、1 gのダイヤモンドの物質量は約 83.3 mmolとなる。ダイヤモンドの同素体であるグラファイトの要素粒子は、ダイヤモンドと同じく炭素原子である。よって 1 gのグラファイトの物質量も約 83.3 mmolとなる。また、1 gの水蒸気や氷の物質量は、どちらも H2O を要素粒子とする物質なので約 55.5 mmolである。

要素粒子 X のモル質量は、化学式 X と元素の原子量とから計算できる。よって要素粒子 X が現実には存在しない仮想的な粒子であっても、モル質量 M(X) を計算することができる。例えば、食塩水の中には化学式 NaCl で表される粒子は存在しないので、食塩水中の要素粒子 NaCl は仮想的な粒子である。この仮想的な要素粒子のモル質量はナトリウム塩素の原子量から計算することができて、 M(NaCl) = (22.99 + 35.45) g/mol = 58.44 g/mol となる。このモル質量は食塩結晶中の要素粒子 NaCl[注 5]のモル質量に等しい。
体積と物質量

気体(ガス)や液体の量を表すときは、体積が用いられることが多い。物質 X の密度を ρ とすると、体積 V と質量 m の間には次の関係がある。

V = m ρ {\displaystyle V={\frac {m}{\rho }}}

物質の密度は、物質の種類により異なるだけでなく、温度や圧力によっても変わる。また物質の三態()によっても違う。例えば 0 °C の氷の密度は同じ温度の水の密度より 8 % 小さく[注 6]、100 °C、1 気圧の水蒸気の密度は同温同圧の水の密度の 1/1600 である。したがって、体積で物質の量を表すときには、温度と圧力(と必要であれば相)を指定しなければならない。さもないと、物質の量を表す他の物理量(粒子数、物質量、質量)との関係が曖昧になる。ただし液体の場合は、液体の圧縮率が小さいので、通常の目的には温度の指定だけで十分なことが多い。

気体の圧縮率は、液体の圧縮率と比べてずっと大きい[注 7]。そのため、気体の量を表す物理量として体積を用いる際には、圧力と温度の両方を指定しなければならない。気体が理想気体とみなせる場合は、気体の体積 V と物質量 n の間に次の関係がある(理想気体の状態方程式)。

V = n R T p {\displaystyle V={\frac {nRT}{p}}}

ここで、T は熱力学温度、p は圧力、R は気体の種類によらない気体定数である。気体を理想気体とみなせる限りにおいては、気体の体積 V と物質量 n の間の関係式は気体の種類にはよらない。標準状態で 1 mol の理想気体が占める体積を表に示す。

1 mol の理想気体の体積0 °C273.15 K101325 Pa22.41 L
0 °C273.15 K100000 Pa22.71 L
25 °C298.15 K101325 Pa24.47 L
25 °C298.15 K100000 Pa24.79 L

表中の 101325 Pa は 1 気圧に等しい。
要素粒子について
物質の名称だけで十分な場合

要素粒子の選び方には幾分かの任意性があるので、物質の名称だけでは物質量が曖昧となる場合がある。例えば「硫黄の物質量」という言い方では n(S) と n(S8) のどちらを指すか分からない。このような物質の場合は、要素粒子を明示する必要がある。しかし多くの場合、分子性物質では分子が、イオン結晶では組成式で書かれるものが、金属では原子が要素粒子として選ばれるので、物質名だけで曖昧さなく物質量が定義できる[6]

有機化合物では、大抵の場合、化合物の名称と分子の名称が一致するので、化合物名が要素粒子名になる。例えば、エチルアルコールの物質量はn(CH3CH2OH) を、プロピレンの物質量は n(CH2=CHCH3) をそれぞれ意味する。

イオン結晶は、物質名から組成式が導かれるように命名されていることが多い。例えば、硫酸アンモニウムの物質量は n((NH4)2SO4) を、フェリシアン化カリウムの物質量は n(K3[Fe(CN)6]) をそれぞれ意味する。

の物質量はそれぞれ、n(Au)、n(Ag)、n(Cu) である。他の金属も同様である。

要素粒子の指定が必要な場合

物質の名称だけでは物質量が曖昧となる場合を、以下に例示する。
分子名と原子名が同じ物質
酸素の物質量」という言い方では n(O2) と n(O) のどちらを指すか分からない。 0 °C、1013 hPa で 22.4 L の酸素ガスには、酸素分子であれば 1.00 mol が、酸素原子であれば 2.00 mol 含まれる。「窒素の物質量」や「塩素の物質量」も同様である。それに対して「オゾンの物質量」は n(O3) を、「アルゴンの物質量」は n(Ar) を指すので曖昧さはない(オゾン原子やアルゴン分子が存在しないため)。
分子中の一部に注目する場合
二塩基酸である硫酸水酸化ナトリウム中和して硫酸ナトリウムと水を生成する場合には、硫酸分子の2個の水素がそれぞれ中和反応により1分子の水を生成するので、1 mol の硫酸は水素イオンの物質量としては 2 mol となる。
高分子化合物
モノマーユニットの繰り返しからなる高分子化合物では、モノマーユニットを要素粒子とした物質量と高分子の分子自体を要素粒子とした物質量が、目的に応じて使い分けられる。
分子性物質であることが無視されがちな物質
先に述べたように、一種類の分子のみを含む純物質では分子が要素粒子とされていることが多い。ただし、硫黄酸化リン(V)酢酸銅(II)一水和物のように例外も多い。このような場合は、分子式 S8、P4O10、Cu2(CH3COO)4·2H2O か組成式 S、P2O5、Cu(CH3COO)2·H2O のどちらかを示して要素粒子を明示する。
不定比化合物
不定比化合物の組成式は、物質名からは分からない。このような場合は組成式を明示して、それを要素粒子とする。例えば硫化鉄(II) Fe0.91S であれば、この物質の要素粒子を Fe0.91S とする。

要素粒子は、都合のよいように選ぶことができ、物理的に実在する個々の粒子である必要はない[6]


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:43 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef