牧田拓磨
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牧田 拓磨
出生名牧田 拓磨
別名TAKUMA(wyse)
生誕 (1980-11-17)
1980年11月17日(43歳)
出身地 日本 大阪府 大阪市
職業音楽家
作詞 作曲 編曲
Recording Engineer
Mixing Engineer
担当楽器ベース
ボーカル
コーラス
活動期間1997年-
共同作業者wyse
炭竃智弘
公式サイトhttps://takuma-makita.com/

牧田 拓磨(まきた たくま、1980年〈昭和55年〉11月17日 - )は、日本のミュージシャン大阪府大阪市出身。wyseの2nd Vocal・ベーシストであり、作詞、作曲、サウンドプロデュースなどそのすべてを手掛ける。2005年5月から並行してソロ活動も行っている。[1]2023年2月19日の公演を区切りとして、ソロ活動では本名の「牧田拓磨」で活動することを発表。wyseでは「TAKUMA」として活動している。
略歴

1997年 - Ray結成

1998年 - Leview結成

1999年 - wyse結成

2001年 - wyseが East West JapanよりMajor Debut Album『the Answer in the Answers』をリリース

2005年2月13日 - 渋谷公会堂のLIVEでWyse解散(2011年再結成)

2005年 - TAKUMAとしてソロ活動を始める

2005年9月21日 - ソロ初の音源を音楽配信

2023年2月19日 - 東名阪ツアーファイナルの大阪公演を開催。本公演を区切りとして、以後は本名の「牧田拓磨」名義で活動することを発表

2024年3月14日 ‐ オフィシャルサイトとオフィシャルメンバーズサイトをリニューアル

来歴

1997年春、大阪にてバンド「Ray」を結成[2]。7月16日に初ライブを行う。翌年1998年2月にRayを脱退。この頃、HIRO(現wyse)と出会い、2023年の現在まで同じバンドで活動することになる。1998年春過ぎ、HIROと共に「Leview」を結成。同年12月事実上解散[2]

その後、HIROと新しいバンドを結成するためボーカリストを探し、月森(現wyse)の存在を知る。そこから何度もバンドに誘うが渋られ続けるも、1999年2月14日、月森が当時のバンドメンバーだったMORI(現wyse)を連れて話し合いの場が設けられる。このときMORIは月森を連れ戻す予定だったが、その場でバンド結成に合意、「wyse」が結成される。同年5月に『wade』発売、wyseが本格的に始動する。

2000年春、wyseとして上京。この時の思いが綴られた曲が「With・・・」である。2001年アルバム「the Answer in the Answers」でwyseとしてメジャーデビュー。2005年2月13日wyse解散。

2005年よりソロ活動を始める[3]。当時、牧田拓磨名義で活動する話もあったが「TAKUMA」として活動することに決定。同年5月1日にTAKUMAとしての公式サイトを開設。2006年1月16日公式サイト内にFCサイト「Marine City」をオープン。2005年9月21日ソロ初の音源「Mr.Loneliness」を配信リリース[3]。2006年1月20日、1st Album『Walk』を発売[3]

ソロ活動を初めて間もなく、アコースティックデュオN.U.と出会い、お互いのライブに出演するなど交流を深める。それまでライブハウスでライブを行ってきた自身と違い、路上ライブ出身の彼らはアコースティックギターだけでその場をライブ会場にすることに感銘を受けたと話す。また、N.U.主催で行われているフリーライブイベント【ヨコハマアコフェス】には、2010年の初回から[4]、2023年5月開催予定のヨコハマアコフェスVol.13[5]まですべての回に参加している。

2010年11月13日(土)SHIBUYA BOXXにて行われた30歳の誕生日記念公演にてwyseのメンバーがゲストとして登場[6]。それまでの公演にHIRO、MORIのゲスト出演はあったが、月森が参加したのはこの時が初となる。この公演をきっかけにwyse再結成の話が進み始める。2011年2月、wyse再始動[7]。ソロとしても引き続き活動を続けている。

2017年2月、wyseが所属事務所「LIFE」から独立を発表。同年8月23日「Breathe」にて再メジャーデビューを果たす。「Breathe」のライカエジソン東京店/名古屋店の購入特典として“月森 with.Piano Ver.”[8]を制作する際に、初めて炭竃智弘がwyseの作品に参加。その後、リテイクアルバム「TREE-Wish-」の制作から本格的にArrangerとして参加している。牧田拓磨は、これまで編曲などの作業をほとんどすべて自身で行っていたこともあり、しっかりと意図や狙いを読み取ってくれる存在に出会ったことは音楽人生のおいてとても大きな出会いだと語る。以降はwyse、ソロ、Color of Voiceなど、牧田拓磨の音楽活動のほとんどに炭竃智弘が参加している。

2019年6月wyse「充電期間」に突入、12月に「充電完了」を発表し翌年2月15日wyse 21st anniversary live「RAYS」を開催。同年3年ぶりのオリジナルアルバム『Thousands of RAYS』発売と東名阪ツアーを発表。しかし、コロナ禍となり全ての計画が一旦、不透明に[9]。無観客配信ライブも含め活動を勢力的に行うも2022年6月19日wyse tour2022「Read Time」Veats SHIBUYA公演をもってライブ活動を休止[10]することになった。

2022年3月26日「Color of Voice - REAL SOUND -」にて、Color of Voiceでは名義を「牧田拓磨」にすると発表。以後Color of Voiceのときのみ田澤孝介×牧田拓磨と表記される。(2023年にソロ活動も「牧田拓磨」表記となった)

2022年12月wyse新曲「月を想うトキ」を発売。リリース記念スペシャルプログラム?studio live&talk?をYouTubeにて配信。「月を想うトキ」制作の頃からwyseの中で話し合いが活発化し、2023年2月にファンクラブ会員限定の生配信にて2023年5月に1年ぶりの公演wyse Live2023 「Clear Sky」を行うと発表した。

2023年2月19日の公演を区切りとしてソロ活動における名義を「牧田拓磨」にすると発表[11]。wyseでは「TAKUMA」のまま。

2024年3月14日新サイト「牧田拓磨 Official Web Site」及び、牧田拓磨 Official Members Site「Marine City since 2006」をオープン。これに伴い、旧「Marine City」は3月29日15時に閉鎖となる[12]
活動
wyse

wyseの活動については、結成1999年?解散2005年を第一期、再始動2011年?2017年を第二期、独立2017年?2022年を第三期とし、24周年となる2023年(もしくは月を想うトキ発売の2022年)からを第四期[13]としている。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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