人口6,011人、面積65.35km²、人口密度92人/km²。(2024年4月1日、推計人口)
以下の1町を含む。 1878年(明治11年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記1町に石巻市の一部(蛇田、南境、大瓜、高木、水沼、真野以南)を加えた区域にあたる。 区分村数村名 宮城県第13大区(全23小区。牡鹿郡のみ) 宮城県第7大区(全14小区。牡鹿郡1?6・桃生郡の一部〔南方〕) 宮城県第5大区(全9小区。桃生郡・牡鹿郡3?4・本吉郡)
女川町(おながわちょう)
郡域
歴史
律令制のもとで8世紀前半に陸奥国所属の郡として建郡され、その一部は後に桃生郡に分離する[1][2]。
鎌倉時代になると、地頭である葛西氏の支配下になる[2]。
永正8年(1511年) - 桃生郡を治めていた山内首藤氏と葛西氏の間に戦がおきる[2]。
近代以降の沿革
幕末時点では陸奥国に所属し、全域が仙台藩領であった。「旧高旧領取調帳」に記載されている村は以下の通り。(13村36浜7浦2崎2島)
陸方13村石巻村、大瓜村、門脇村、沢田村、高木村、流留村、根岸村、沼津村、蛇田村、真野村、水沼村、湊村、南境村
浜方女川組13浜3浦2崎2島女川浜、飯子浜、石浜、浦宿浜、大石原浜、御前浜、小乗浜、指ヶ浜、高白浜、塚浜、野々浜、針浜、鷲神浜、尾浦、竹浦、横浦、桐ヶ崎、宮ヶ崎、出島、江島
狐崎組13浜3浦狐崎浜、祝田浜、荻浜、折浜、小網倉浜、小竹浜、小積浜、佐須浜、侍浜、清水田浜、竹浜、田代浜、牧浜、月浦、福貴浦、桃浦
十八成組10浜1浦十八成浜、鮎川浜、網地浜、大原浜、給分浜、泊浜、新山浜、長渡浜、谷川浜、寄磯浜、鮫浦
明治元年
9月24日(1868年11月8日) - 仙台藩主伊達慶邦が薩長軍に降伏。全領土62万石を没収される。
12月7日(1869年1月19日)
陸奥国が分割され、本郡は陸前国の所属となる。
牡鹿郡は高崎藩の取締地となる。
明治2年
7月20日(1869年8月27日) - 高崎藩取締地に桃生県を設置。
8月13日(1869年9月18日) - 桃生県が石巻県に改称。
明治3年9月28日(1870年10月22日) - 石巻県が登米県に編入。
明治4年11月2日(1871年12月13日) - 第1次府県統合により仙台県(第2次)の管轄となる。
明治5年
1月8日(1872年2月16日) - 仙台県(第2次)が宮城県に改称。
4月9日(1872年6月10日) - 大区小区制の施行により、宮城県第13大区となる。
小区所属村
小1区石巻村
小2区門脇村
小3区蛇田村
小4区湊村
小5区南境村
小6区大瓜村
小7区高木村・水沼村
小8区真野村
小9区沢田村・流留村・沼津村
小10区根岸村
小11区祝田浜・佐須浜・折浜・小竹浜
小12区荻浜・侍浜・月浦・桃浦
小13区狐崎浜・小積浜・竹浜・牧浜・小網倉浜・清水田浜・福貴浦
小14区田代浜
小15区大原浜・給分浜
小16区網地浜・長渡浜
小17区鮎川浜・十八成浜・新山浜・泊浜
小18区寄磯浜・谷川浜・鮫浦
小19区飯子浜・大石原浜・小乗浜・高白浜・塚浜・野々浜・鷲神浜・横浦
小20区女川浜・浦宿浜・針浜
小21区石浜・御前浜・指ヶ浜・尾浦・竹浦・桐ヶ崎・宮ヶ崎
小22区出島
小23区江島
明治7年(1874年)4月 - 区の再編により、桃生郡のうち南方と共に宮城県第5大区となる。
小区所属村
小1区石巻村・門脇村・蛇田村
小2区湊村・根岸村・沢田村・流留村
小3区大瓜村・高木村・沼津村・真野村・水沼村・南境村
小4区祝田浜・佐須浜・荻浜・折浜・狐崎浜・小竹浜・小積浜・侍浜・竹浜・田代浜・牧浜・小網倉浜・清水田浜・月浦・富貴浦・桃浦
小5区鮎川浜・網地浜・十八成浜・長渡浜・大原浜・給分浜・泊浜・新山浜・谷川浜・寄磯浜・鮫浦
小6区女川浜・飯子浜・石浜・浦宿浜・大石原浜・御前浜・小乗浜・指ヶ浜・高白浜・塚浜・野々浜・針浜・鷲神浜・尾浦・竹浦・横浦・桐ヶ崎・宮ヶ崎・出島・江島
明治9年(1876年)11月 - 区の再編により、桃生郡・本吉郡と共に宮城県第5大区となる。
小区所属村
小3区石巻村・門脇村・湊村・蛇田村・大瓜村・高木村・真野村・水沼村・南境村
小4区根岸村・沢田村・流留村・沼津村・女川浜・飯子浜・石浜・浦宿浜・大石原浜・御前浜・小乗浜・指ヶ浜・高白浜・塚浜・野々浜・針浜・鷲神浜・狐崎浜・祝田浜・荻浜・折浜・小網倉浜・小竹浜・小積浜・佐須浜・侍浜・清水田浜・竹浜・田代浜・牧浜・十八成浜・鮎川浜・網地浜・大原浜・給分浜・泊浜・新山浜・長渡浜・谷川浜・寄磯浜・尾浦・竹浦・横浦・月浦・福貴浦・桃浦・鮫浦・桐ヶ崎・宮ヶ崎・出島・江島
明治11年(1878年)10月21日 - 郡区町村編制法の宮城県での施行により、行政区画としての牡鹿郡が発足。郡役所が石巻村に設置。同日大区小区制を廃止。
明治20年(1887年)9月28日 - 火災により郡役所が焼失。そのため翌年に門脇村へ役所を移転。
町村制施行以降の沿革1.石巻町 2.蛇田村 3.稲井村 4.渡波町 5.荻浜村 6.大原村 7.鮎川村 8.女川村(紫:石巻市 青:合併なし)
明治22年(1889年)4月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足[注 1]。特記以外は全域が現・石巻市。(2町6村)
石巻町 ← 石巻村、門脇村、湊村〔井内・磯田を除く部分〕
蛇田村(単独村制)
稲井村 ← 南境村、大瓜村、高木村、水沼村、真野村、沼津村、流留村、沢田村、湊村〔井内・磯田〕
渡波町 ← 佐須浜、根岸村、祝田浜
荻浜村 ← 小竹浜、折浜、桃浦、月浦、侍浜、荻浜、小積浜、竹浜、牧浜、狐崎浜、福貴浦、田代浜
大原村 ← 小網倉浜、清水田浜、大原浜、給分浜、新山浜、泊浜、谷川浜、鮫浦、寄磯浜
鮎川村 ← 網地浜、長渡浜、鮎川浜、十八成浜
女川村 ← 浦宿浜、針浜、女川浜、鷲神浜、小乗浜、高白浜、横浦、大石原浜、野々浜、飯子浜、塚浜、江島、出島、竹浦、尾浦、桐ヶ崎、石浜、宮ヶ崎、御前浜、指ヶ浜(現・女川町)
明治27年(1894年)4月1日 - 郡制を施行。
大正12年(1923年)4月1日(3町5村)
女川村が町制施行し、女川町となる。
郡会を廃止。郡役所は存続。
大正15年(1926年)7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
昭和8年(1933年)4月1日 - 石巻町が蛇田村の一部を編入のうえ市制施行して石巻市となり、郡より離脱。(2町5村)
昭和15年(1940年)12月1日 - 鮎川村が町制施行して鮎川町となる。(3町4村)
昭和24年(1949年)4月1日 - 蛇田村の一部[注 2]が石巻市に編入。
昭和30年(1955年)
1月1日 - 蛇田村が石巻市に編入。(3町3村)
3月26日 - 鮎川町・大原村が合併して牡鹿町が発足。(3町2村)
4月10日 - 荻浜村が石巻市に編入。(3町1村)
昭和34年(1959年)
4月1日 - 稲井村が町制施行して稲井町となる。