父の日
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父の日
ネクタイ型のクッキーの贈り物
日付6月第3日曜日日本
その他国により異なる(後述
2023年6月18日
2024年6月16日
2025年6月15日
関連祝日母の日こどもの日
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父の日(ちちのひ)は、に感謝を表すアメリカ合衆国のドッド夫人が「母の日」にならって、父親に感謝するために白いバラを贈ったのが始まり。
世界の主な父の日
アメリカ合衆国(6月第3日曜日)父の日昼食

1909年にアメリカ合衆国ワシントン州スポケーンのソノラ・スマート・ドッド[1](Sonora Smart Dodd)が、手一つで自分を育ててくれた父を讃えて、キリスト教会牧師にお願いして父の誕生月である6月に礼拝をしてもらったことがきっかけと言われている。彼女が幼い頃南北戦争が勃発。父ウィリアムが召集され、彼女を含む子供6人は母親が育てることになるが、母親は過労が元でウィリアムの復員後まもなく亡くなった。以来男手1つで育てられたが、ウィリアムも子供達が皆成人した後、亡くなった。

最初の父の日の祝典は、その翌年の1910年6月19日にスポケーンで行われた[2]。当時既に母の日が始まっていたため、彼女は父の日もあるべきだと考え、「母の日のように父に感謝する日を」と牧師協会へ嘆願して始まった。

1916年、第28代アメリカ合衆国大統領ウッドロー・ウィルソンは、スポケーンを訪れて父の日の演説を行い、これにより父の日が認知されるようになる[2]

1966年、同国第36代大統領リンドン・ジョンソンは、父の日を称賛する大統領告示を発し、毎年6月の第3日曜日を父の日に定めた。1972年になり、アメリカでは正式に国の記念日[3]に制定される[2]

母の日の花がカーネーションなのに対し、父の日の花はバラ。@media screen{.mw-parser-output .fix-domain{border-bottom:dashed 1px}}ソノラ・スマート・ドッドが、父の日に父親の前に白いバラを供えたからとされている。[要出典]1910年の最初の祝典の際には、YMCAの青年が、父を讃えるために、父が健在の者は赤いバラ、亡くなった者は白いバラを身につけたと伝えられる[2]
台湾(8月8日)

台湾の父の日(父親節)は毎年8月8日である。これは、「パパ」(表記は??)と中国語での「八八」の発音が似ていることに由来している。
ブラジル(8月第2日曜日)

ブラジルでは、母の日の3ヶ月後の毎年8月第2日曜日が「父の日」(Dia dos Pais)である。ただし、国の休日ではない。1950年代に Sylvio Bhering が、聖ヨアキムを彰して提唱した。[4]
ロシア
10月第3日曜日

ロシア連邦大統領ウラジーミル・プーチンは2021年10月4日、同年より10月第3日曜日を「父の日」とする大統領令に署名した。少子化による人口減少が問題になっており、男性の子育て参加を促す狙いがある[5]
2月23日

ロシアでは、毎年2月23日が「祖国防衛の日」(День защитника Отечества)とされ、軍人退役軍人に感謝する他に、父親・夫・男性に感謝する日となっている。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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