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火炎放射器(かえんほうしゃき、flamethrower)は、「炎」を投射する、もしくは「火がついた液体」を投射する武器、兵器、ないしは道具。
道具としては、農業や一般家庭などにおける雑草の駆除に使用されるものがある。 炎によって、対象物を焼却する。工兵資材として障害物や危険物の処理に使用される。被弾に弱く射程が著しく劣っているため主力兵器とはならなかったが、トーチカなどの建造物および洞窟といった閉所に対して使用すると酸欠をもたらし相手を窒息死させることができるため、籠城した敵を掃討するために使われた。現代ではそのような用途は、サーモバリック弾に置き換えられている。また、肉薄兵器として対戦車戦闘に使われることもある。 一人で持ち運べる火炎放射器のうち、背中に背負うタイプのものをバックパック式と呼ぶ。このバックパックは、2本もしくは3本の円筒から構成される。1本の円筒には、重油などの可燃性液体、あるいはゲル化ガソリンが、もう1本には可燃性もしくは不燃性の圧搾ガス
軍用火炎放射器
概要
構造見通しの悪い竹やぶを焼くため、火炎放射器を使用するアメリカ兵(ベトナム戦争)
銃部は、小さな貯蔵器、バネ式の弁、点火システムから構成されている。オペレーターがトリガーを操作すると弁が開き、ガスによって加圧された液体が点火システムを通って噴出する仕組みである。
点火システムには多くの種類がある。最も初期の単純なものとしては電熱線のコイルがあるが、可燃性液体の流速が高過ぎて着火に失敗する事故も起きたようだ。より複雑な構造を持ったものとしては、円筒内や銃部に別途収納した酸素などの可燃性ガスを(ガスライターのように)火種として用いるものなどもある。また、空砲や火薬カートリッジを発火させた火花を着火源とするものもある。これは寒冷地や冬季においても確実に着火させるためである。 野戦では銃砲に対して優位が無いが、閉所に対して使用すると、酸欠を引き起こし敵兵を窒息死させることができるため、対陣地用の工兵資材としても使われた。むろん窒息に至らなくても、炎によって敵兵にひどい火傷を負わせることもできる。 火炎放射器は「気体の炎」というより、むしろ「燃える液体のジェット噴流」を作り出すため、塹壕やトーチカの内部のような、見通しの利かない空間の壁や天井で「跳ねる」ように撒き散らすことができる。 着火しない状態で燃料を目標に噴射し、目標が燃料まみれになったところで、着火して火炎放射を行い被害を拡大することも行われる。この場合は、トーチカなどの構造物の細かい隙間にも燃料がより行き渡るため、隠れた対象にも効果が上がる。この方法は、対装甲車両戦にも有効(エンジン室内に燃料が浸透するため)であり、ドイツの火炎放射戦車などが行っている。また、着火されなくても、人体に燃料が付着すると、強烈な痛みと炎症を引き起こし、ゴム製品などが腐食する。 液体燃料を噴射するため燃料タンクとガスタンクが必要であり、人力で運ぶには重く、容量も小さいので長時間の使用はできない。有効射程が約18mと短い上に、上体を直立した姿勢での使用になるため、放射中は無防備であり、真っ先に敵の標的になる。「戦場での平均寿命は5分」とも言われるほどである。可燃物そのものである燃料タンクを背負っているので、火炎放射器を装備した兵士が被弾すると爆発する危険性も高く、軍事的に優位である場面でないと使用は困難である。 中世の東ローマ帝国では「ギリシアの火(ギリシア火薬)」という、火炎放射器のような兵器が使用されていたが、国家機密とされていたため帝国の滅亡と共に失われ、後世には伝わっていない。宋においては猛火油櫃 現在のような火炎放射器を、史上初めて開発したのは、ドイツの技師リヒャルト・フィードラー
効果
欠点
歴史ギリシアの火
フィードラーの火炎放射器は、高さ4フィート(1.2m)の単一のシリンダーからなる可搬式装置であった。シリンダーは水平に2分割され、下層には圧搾ガス、上層には可燃性の油が納められていた。レバーを押し下げるとガスが油を押し上げ、ゴム・チューブを通って単純な点火装置を内蔵した鋼のノズルから火炎流を噴出させる仕組みであった。
この兵器は、20ヤード(18m)の範囲で2分間、猛烈な煙を伴った炎の噴流を発生させた。欠点として、これが単発で、一回の発射ごとに燃料と発火装置を交換しなければならなかった点があげられる。
第一次世界大戦第一次世界大戦時の西部戦線で火炎放射器を使用するドイツ兵