瀬降り物語
監督中島貞夫
脚本中島貞夫
出演者萩原健一
藤田弓子
河野美地子
『瀬降り物語』(せぶりものがたり)は、1985年の日本映画。萩原健一主演、中島貞夫監督。東映京都撮影所製作、東映配給[1]。内容は原始的な自然に囲まれた「サンカの愛と性」といった内容で、中島貞夫のたいへんな力作だったが、興行成績は振るわなかった。 かつて箕作り、箕直しを主な生業として山野を漂泊し、川辺に天幕を張り、また漂泊の旅を続けた一般社会とは隔絶して生き続ける山窩 (山の民)、彼ら独自の掟に従い、自然と共存を願い、ひたすら自然に寄り添う彼らの生きざまを、四季折々の山野を背景に愛憎のドラマとして描く[2][3][4]。「瀬降り」とは、彼らが行く先々の川原に張った天幕のことである[2]。山の民を描く映画のため、原生林の残る人里離れた山奥で、スタッフ・キャスト全員で四国の山中に長期間篭り、自らが山の民となり追体験しながら映画製作を行うという方式がとられた[5][6][7]。藤田弓子、河野美地子、早乙女愛、永島暎子の4人の女優がヌードになるなど体当たりの演技を見せた。 この作品記事はあらすじの作成が望まれています。ご協力 企画は中島貞夫[8]。中島が1995年までに自身で企画した5本のうちの1本[8][注 1]。中島が1964年に『くノ一忍法』で監督デビューし、同年二本目の『くノ一化粧』を撮った後、岡田茂プロデューサー(のち、東映社長)が、中島を本意でない作品でデビューさせたことを気にして「何か一本だけやりたいものを撮らせてやる」というので、本企画を提出した[9][10][11]。中島の千葉の実家は醸造関係の仕事を営んでおり、戦前子供のころ、毎年冬になると箕直しをする同じ山窩が家に来ていたのを覚えていて、戦後も三角寛の小説を読み山窩に興味を持っていた[9]。1964年当時は高度経済成長期でもあり、各地で自然破壊が問題となっていた時期で、そうした時代背景から、人間と自然の関係を今一度見つめ直してみたいというテーマがあった[10]。この頃は三角がまだ健在で三角と何度も話し、三角が山窩を撮ったフィルムを見せてもらったりした[5]。しかし三角の小説に出てくるような猟奇的な部分は映画でやるには難しいと考え、そこは薄めて倉本聰と共同で脚本を書き、少年と少女の淡い恋の話を中心に、なぜサンカがいなくなったのかといった内容でシナリオを書き「瀬降りの魔女」(後年『キネマ旬報』でシナリオのみ掲載されたときは『サンカ』というタイトルに改題)というタイトルで岡田に提出し了承された[5][11][12]。 主演は春川ますみと西村晃を予定し、神奈川県相模湖をロケ地に決め、プレハブを建てるための整地作業を進め、ロケ期間50日ということも決定していたが[9]、滅多に脚本を読まない大川博東映社長がたまたま脚本を読み「わけのわからない脚本だ」とクランクイン寸前に製作を中止させた[9][11]。
概要
あらすじ.mw-parser-output .ambox{border:1px solid #a2a9b1;border-left:10px solid #36c;background-color:#fbfbfb;box-sizing:border-box}.mw-parser-output .ambox+link+.ambox,.mw-parser-output .ambox+link+style+.ambox,.mw-parser-output .ambox+link+link+.ambox,.mw-parser-output .ambox+.mw-empty-elt+link+.ambox,.mw-parser-output .ambox+.mw-empty-elt+link+style+.ambox,.mw-parser-output .ambox+.mw-empty-elt+link+link+.ambox{margin-top:-1px}html body.mediawiki .mw-parser-output .ambox.mbox-small-left{margin:4px 1em 4px 0;overflow:hidden;width:238px;border-collapse:collapse;font-size:88%;line-height:1.25em}.mw-parser-output .ambox-speedy{border-left:10px solid #b32424;background-color:#fee7e6}.mw-parser-output .ambox-delete{border-left:10px solid #b32424}.mw-parser-output .ambox-content{border-left:10px solid #f28500}.mw-parser-output .ambox-style{border-left:10px solid #fc3}.mw-parser-output .ambox-move{border-left:10px solid #9932cc}.mw-parser-output .ambox-protection{border-left:10px solid #a2a9b1}.mw-parser-output .ambox .mbox-text{border:none;padding:0.25em 0.5em;width:100%;font-size:90%}.mw-parser-output .ambox .mbox-image{border:none;padding:2px 0 2px 0.5em;text-align:center}.mw-parser-output .ambox .mbox-imageright{border:none;padding:2px 0.5em 2px 0;text-align:center}.mw-parser-output .ambox .mbox-empty-cell{border:none;padding:0;width:1px}.mw-parser-output .ambox .mbox-image-div{width:52px}html.client-js body.skin-minerva .mw-parser-output .mbox-text-span{margin-left:23px!important}@media(min-width:720px){.mw-parser-output .ambox{margin:0 10%}}
キャスト
木下一: 萩原健一
クニ: 藤田弓子
ヒデ : 河野美地子
ハナ: 早乙女愛
ミツ: 永島暎子
トメ: 岡本麗
ジロー: 光石研
クズシリ一: 室田日出男
亀蔵: 殿山泰司
カズオ: 内藤剛志
アユタチ: 内田朝雄
クズコ一: 野口貴史
駐在の巡査: 小倉一郎
陸軍大尉: 小林稔侍
ジローの父親: 北村英三
夏江: 賀田ゆう子
スター: 林家珍平
スタッフ
監督: 中島貞夫
脚本: 中島貞夫
撮影: 南文憲
音楽: 速水清司・井上堯之
音楽コーディネーター: 萩原健一
イメージソング: 明日香「震えるほどに愛」(キャニオンレコード)[1]
美術: 真鍋敏之
録音: 栗山日出登
照明: 加藤平作
スチール: 金井謹治
編集: 玉木濬夫
助監督: 藤原敏之他[1]
企画: 本田達男・佐藤雅夫
企画協力: 三角寛・三浦大四郎
製作会社: 東映京都撮影所
配給: 東映
製作
企画
頓挫(1964年)