濱田祐太郎
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生年月日 (1989-09-08) 1989年9月8日(34歳)[1]
出身地 日本兵庫県神戸市須磨区[2]
血液型O型
身長171cm
言語日本語
方言神戸弁
最終学歴兵庫県立視覚特別支援学校卒業
出身NSC大阪校35期
芸風漫談
事務所吉本興業
活動時期2013年 -
同期ゆりやんレトリィバァ
ラニーノーズ
ガンバレルーヤ
コウテイ
からし蓮根
田津原理音など
配偶者未婚
公式サイト公式プロフィール
受賞歴
2018年 R-1ぐらんぷり 優勝
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濱田 祐太郎 (はまだ ゆうたろう、1989年9月8日 - ) は、日本お笑いタレント漫談家兵庫県神戸市出身。兵庫県川辺郡猪名川町育ち。吉本興業所属。先天性の視覚障害を持つブラインド (盲目) の漫談家である。

R-1ぐらんぷり2018優勝者[3][4][5]
略歴

約3万人に1人の割合で発症する先天性緑内障のため生まれつき左目が見えず、右目もかつては近い距離なら見えていたが[6]、現在は明暗がわかる程度である[7][8]

小学6年の秋、テレビビッキーズハリガネロックのしゃべくり漫才を聴いてお笑いに夢中になり、中学生のとき芸人になる決意をする[7]。両親から「何ゆうてんの?」と諭されるが諦めず、最終的に「好きにしたらええよ」と認めてもらう[8]

高校は兵庫県立視覚特別支援学校に進学、三療の国家資格を取得する[8]。卒業後はマッサージアルバイトをして授業料40万円を貯め[7]、2012年4月、大阪NSC35期生として入学する[8]。同期にはゆりやんレトリィバァらがいるが、NSCではゆりやんは優秀なクラス、濱田は通常のクラスに振り分けられたため在学中は特に関わりもなく、濱田曰くゆりやんは「別格の存在」「売れっ子のタレントさんという感じ」であった[9][10]

翌2013年4月に漫談家としてデビュー。2017年6月からよしもと漫才劇場の出場権を得て、月に2?3回若手がネタを披露するライブに出演[7][8]。またNHK新人お笑い大賞NHK総合)で決勝進出を果たす[8]

2018年のR-1ぐらんぷりに出場し、決勝ではおぐ、ゆりやんレトリィバァを下して16代目のR-1王者となる[9]桂文枝からは2ネタで6票 (審査員1人あたりの満票) を獲得した[9]。 漫談を披露しての優勝は、2010年大会のあべこうじ以来8大会ぶりであった。

2019年7月、全ての人が尊重されるユニバーサル社会づくりの推進を目指す「ひょうごユニバーサル大使」を委嘱された[11][12]

同年12月、フルマラソン初挑戦として第9回大阪マラソンに参加[6]。フルマラソン経験者のガオ?ちゃん田津原理音らが伴走を務めたが、34km地点で5時間50分の関門にかかりリタイアとなった[13]

2020年7月放送の『濱田祐太郎のぽこいちラジオ』(ラジオ関西)でリスナーからTwitterのアカウントを作ってほしいとの要望があり、翌月に自身のアカウントを開設。iPadの音声読み上げ機能を使用し、投稿を行っている[14]

2021年4月より、YouTubeチャンネル「濱田祐太郎のはまゆうチャンネル」を開始。およそ週一のペースで、一人喋りのラジオ動画が主に投稿されている[15]
芸風

白杖を持ち、スーツ姿[16] で舞台に立つ。音楽を使わず正統派のしゃべくり漫談を披露するのがピン芸人としてのスタイル[7]。ただしライブによってはコントも行う事があり、R-1での紹介VTRでは先輩芸人として出演したお?い!久馬ザ・プラン9)が主催するライブでコントを披露している映像が放映された。

R-1冒頭では「迷ったら笑っといてくださいね」と呼びかけ、戸惑う観客に笑ってもいいという空気を作った[17]


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