漢熟語
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この項目では、漢字の熟語について説明しています。その他の用法については「熟語」をご覧ください。

漢字文化圏において、熟語(じゅくご)と称する語は、2字以上の漢字が結合した言葉のことである[1]。構成要素が漢字であることを強調するために漢熟語あるいは熟字などと呼ぶこともある。日本語においては、複数の漢字で構成される単語として認識される[1]。本項目では、特にことわりのない限り、この意味での「熟語」について解説する。

中国語における「熟語(shuy?)」[註 1]という語は、常用される俚諺格言といったニュアンスで用いられることが多く、むしろ「複合詞(fuheci)」[註 2]や「合成詞(hechengci)」[註 3]あるいは単に「2字の並び」という意味の「駢字(べんじ、pianzi)」[註 4]などの語の方が日本語で言うところの「熟語」に近いが[2]、いずれも全く同義というわけではない。なお、中国語で「熟字(shuzi)」は、「よく知られている漢字」という意味になる[2]

なお、朝鮮語ベトナム語についても、漢字に相当する語彙要素(字音形態素)が結合した言葉が数多く存在している。これについては、漢語系語彙にある各項目を参照のこと。
熟語の形態論

原則的に漢字は、1字ごとに意味を有しているが、複数の漢字が結合して1つの意味をもつ言葉になることがある[3]。例えば、「鉛」「筆」という2つの漢字が結合した「鉛筆(えんぴつ、qi?nb?)」という言葉は、日本語でいうところの典型的な熟語である。以上のような漢字の造語機能を専門的には「漢字連接」と呼ぶこともある[4]

中国語においては原則的に1字が1単語を表し、特に文語である漢文においてはこの傾向が著しく、2字以上の漢字の結合もある種の連語的表現とみなすことができた。これが漢字が「表語文字」と呼ばれる理由である。なお、中国文学者の高島俊男は、このような2字の漢字の結合のことをやや諧謔的な文脈ではあるが「単語というより『くみあわせ語』などと言ったほうがふさわしかろう」と表現している[5]

言語学的には、語彙イディオムの一種とみなすことができる。漢字1字を取り出してみると、中国語においては、「鉛(qi?n)」[註 5]「筆(b?)」[註 6]がそれぞれ単独で1つの単語となることのできる自由形態素とみなすことができる。

これに対し、日本語の場合は、「鉛(えん)」も「筆「ひつ/ぴつ」」も単独では意味が通じない拘束形態素となっている。もちろん日本語においても、ほぼすべての漢字がそれぞれ個別に意味を持っているが、日本語における漢字は多くの場合、対応する和語による訳語(訓読み)が充てられるため、上記「鉛」「筆」の例のように、漢字の字音は、熟語を作るためのみに存在する拘束形態素となることが多い[6]。ただし、「肉体」における「肉(にく)」、「地球」における「球(きゅう)」など、自由形態素となる字音語も存在する。以上のような議論から、日本語において漢字を、意味をもつ最小単位であるとして、表意的な「形態素文字」と表現する者もいる[7]

また、中国語においても、近世以降の文章、とりわけ白話口語)では、「椅子(y?zi)」における「子(z?/zi)」のように語調を整えるのみの漢字も観察され、これに類する漢字は拘束形態素であるといえる。
熟語と複合語

言語学において単語は、単純語と複合語に分類されるが、漢字の結合という意味での熟語の概念をこれに適用する際、しばしば問題が生ずることがある[8]

例えば前記「鉛筆」について考えてみると、中国語では「qi?n」「b?」という2つの単語から構成されていると意識されるため複合語に分類可能であるのに対し、日本語の「えんぴつ」は2つの単語(あるいは内容形態素)に分割することができないため、複合語とはみなしがたい。また「銀行」のような語は、「銀」(通貨を意味する)、「行」(業者を意味する)から構成され「通貨を扱う業者」という語源をもつが、日本語において単に「ギンコー」と発音された場合、そのような語源が意識されることは少ないという[9]。同様に「国際」「生活」「意味」「政治」「文化」「理由」など、日常用いる熟語のうち機能的に単純語として意識される語は少なくなく、日本語文法の観点からも単純語として差し支えない[8]

また、言語学において、内容形態素に接辞が付加された語を派生語と呼ぶことがある。日本語における「長文」などの語は、「文(ぶん)」を内容形態素、「長(ちょう)」を接頭辞とみなせば、派生語とみなすことができる。一方で「大木(たいぼく)」のような語の場合、「ぼく」という単語が存在しないため、派生語とは言いがたい。このように日本語の漢字連接には派生の原理を適用しにくい場合が多く、一律な分類は難しい。

日本語においても明らかに2つの内容形態素に分割できる漢熟語には「鉄棒」「熱愛」などがあるが、例えば「頭脳」における字音「頭(ず)」が「頭が高い」のような一部慣用句においてのみ自由形態素となることもあり、漢熟語における単純語と複合語の境界は曖昧である。

欧米系の言語学においては、このように接辞と単語の中間的な形態素をもつ語を「連結形」(combining form)などと呼ぶこともある。例えば、英語の“biography”(伝記)という単語は、“bio-”(生活の)と“-graphy”(文書)という2つの要素に分析することができるが、通常これらが自立した語として用いられることはない[10]

大阪(おおさか)」と「神戸(こうべ)」をあわせて「阪神(はんしん)」と読み方が変わる現象がみられるなど、日本人は語の発音よりもむしろ、その語に対する漢字表記がもつ表意性を念頭に語彙化を行っているという報告がある。この観点からは先の「大木(たいぼく)」の例は、和語である「き(木)」の一種の派生と解釈可能である。近年では漢字の語構成は伝統的な形態論ではなく、むしろ認知心理学心理言語学の分野で研究が進められている(#和語まで拡大した分類と心理言語学も参照)。
和語と熟語

本来、漢字は漢語を表現するための文字であり、狭義の熟語は複数の漢字から構成される漢語であると定義される[1]。一方で、固有語和語)においても漢字の表記が存在する日本においては、ある種の複合語が、表記上あたかも漢字同士が結合したものであるかのようにふるまうものがある。例えば、「つき(月)」と「ひ(日)」が複合した「つきひ」という単語は、「月日」と表記することもでき、これも漢字による熟語であるとみなされることが多い[11][12]。この種の語の中には、「おほね」→「大根(だいこん)」、「ものさわがし」→「物騒(ぶっそう)」のように漢字を介して和語から字音語に転換したものも存在するという[13][14]。また、「ほたる」「えくぼ」のように、「蛍」「靨」と漢字1字で表記できる和語を、その語源を重視して「火垂」「笑窪」と漢字2字で表現する例もある。

また、日本語には「夕刊」のような和語と漢語が複合してできた混種語(和漢混淆語)も数が多い。これらも純粋な字音語と表記上の区別をする必要がなく、「重箱読み」ないし「湯桶読み」などと呼ばれる特殊な読み方をする熟語(混読語)として分類されている[15]

和語や和漢混淆語を漢字で表記する上で送り仮名はしばしば問題となる。内閣告示「送り仮名の付け方」(昭和48年告示、昭和56年改正)[16]において、本項目でいう熟語は「漢字の訓と訓、音と訓などを複合させ、漢字二字以上を用いて書き表す“複合の語”」と表現されている。この告示の通則6によれば、「乗り換え」(和語)、「封切り」(和漢混淆語)のように単独の語と同様送り仮名をつけることが一応の目安とされているが、読み間違えるおそれがなければ「乗換」「封切」のような漢字のみの表 記も許容されている。さらに同告示通則7によると、「物語」(和語)、「消印」(和漢混淆語)のような一部の語は、読みの慣用が定着しているため、通常送り仮名をつけないものとしている。

なお、「桜桃(おうとう、y?ngtao)」に対する「さくらんぼ」のような例は、熟字訓と呼ばれ、文字通り2字以上の既存の漢語(熟字)に、適当な和語の訳語()をあてている。少数ではあるが「仙人掌(せんにんしょう、xi?nrenzh?ng)」に対する「サボテン」のように外来語の訓も存在する。これとは逆に既存の和語やそれに準ずる外来語などに2字以上の適当な漢字をあてた「寿司(すし)」「相撲(すもう)」「合羽(かっぱ)」のような例もある。これはあて字と総称され、元来の和語に漢字をあてはめただけのものなので本来の訓とは異なるものであるのだが、広義の熟字訓とみなす立場もある[17]。あて字も漢字の結合の一種であり、熟語の範疇に含まれることもあるが[12][18]、例えば「九十九折(つづらおり)」のように字数がかさむものも多く、熟語とみなすことに対する違和感を指摘されることもある[19]。また、あて字の中でも「我武者羅(がむしゃら)」のような全体の意味とひとつひとつの字義に乖離のあるものは、熟語というより言葉遊びの類とみなすべきだろう[19]

以上のように、日本語において漢字で表記されうる語は漢語にとどまらず、その柔軟性も高い。最近では、より広い意味で「漢字語」という枠組みを提唱する山田俊雄のような者もいる[20]
熟語の複合

本来漢字は、分析的言語孤立語)である中国語を表すための文字であるので、文字同士の結合力が非常に強く、日本語においても複合規則が繰り返し適用されれば、いくらでも長い複合語を作ることができるという[3][21]。「経済政策」(4字)、「永世中立国」(5字)、「原子力発電所」(6字)、「青年海外協力隊」(7字)、「睡眠時無呼吸症候群」(9字)は全て一つの単語とみなせるものである。

哲学者・評論家の加賀野井秀一は以下のような架空の組織を例にとり、漢字の造語力を説明している[22]

全日本大学教育振興検討委員会関東支部付属言語教育部会議長決定通知受領……

ただ、これらは2字ないし3字程度の自由形態素に分割することができ、形態素同士の熟合度(イディオム性)が低いことが多いため、全体で一つの熟語とみなさないこともある。例えば「経済政策」という単語は、「経済」「政策」という二つの自由形態素が緩く結びついた熟合度の低い複合語であるため、一つの熟語とはみなさない立場もある[23]

また日本語において、新聞の見出しや広告などで「婚約発表」「本日発売」などのように単語というより、むしろに相当するともみられる結合形態もあり、これは一般には熟語とはみなされない[24]。同様の結合形態を作家の井上ひさしは次のような例を用いて説明している[25]

抽象思考能力欠落気味三人子持中年文筆労働者万年筆乞食……

この例は付属語などを補うことによって「(私は)抽象的な思考をするための能力が欠落気味であり三人の子持ちで中年である文筆を主とする労働者であり万年筆を乞食のように……」のように解釈することができ、意味的にはもはや完全な文のようにふるまっている。

以上のような強い造語力は主に漢語の特徴によるものである。例えば「肥満児童対策保護者懇談会」といった語は全て漢語で構成されており、同様の内容を和語で表現するならば「太りすぎの子を持つ親たちの集まり」のように説明的な表現にならざるをえない[26]
熟語の読み
日本語「音読み」も参照

日本における漢字の多くがそれぞれに呉音漢音など複数の字音をもっている。例えば「文書」という漢語は「もんじょ」(呉音)と「ぶんしょ」(漢音)という二つの読み方があり、微妙に異なった語感がある。歴史的には漢音が漢語の読み方として正統に最も近いものとされている[27]。例えば「停止」という漢語の読みは、古くは「ちやうじ」(慣用音)であったが、現在は「ていし」(漢音)と読むのが一般的になっているように、一部熟語では読み方が整備されつつある[27]。ただ「埋没(まいぼつ)」のように呉音(まい)と漢音(ぼつ)を混用したものや「詩歌(しいか)」、「夫婦(ふうふ)」、「格子(こうし)」のような慣用音など、変則的な読みは現代でも多く残っている[28]。また日本語における字音には、「合作(がっさく)」における促音化、「反応(はんのう)」における連声、「暗算(あんざん)」における連濁など、音韻に変化がみられるものも多く、熟語の読みを複雑なものにしている[3][29]

字音により意味を変える多音字もしばしば観察される。例えば「卒」の字は、摩擦音の系列(呉音:そち、漢音:しゅつ、慣用音:そつ、.mw-parser-output .pinyin{font-family:system-ui,"Helvetica Neue","Helvetica","Arial","Arial Unicode MS",sans-serif}.mw-parser-output .jyutping{font-family:"Helvetica Neue","Helvetica","Arial","Arial Unicode MS",sans-serif}?音: shuai)と流音の系列(呉音:りち、漢音:りつ、?音: l?)の2種類の読み方があるが、前者は「引率(いんそつ)」、「統率(とうそつ)」のように「ひきいる」という意味で用いられるが、後者は「確率(かくりつ)」、「比率(ひりつ)」のように「割合」という意味で用いられる[30]

熟語の範疇に和語を加えるとさらに複雑になる。例えば「父母」には、「ぶも」(呉音)、「ふぼ」(漢音)、「ちちはは」(正訓)、「かぞいろ」(熟字訓)、「おや」(あて字もしくは義訓)など様々な読み方があり、それぞれ語感や用法が異なっている。また和語同士を複合させる際にも「こゑ(声)」と「いろ(色)」で「こわいろ(声色)」、「とこ(常)」と「いは(盤)」で「ときは(常磐)」、「あき(秋)」と「あめ(雨)」で「あきさめ(秋雨)」になるなど音韻の変化を考慮する必要がある[3][29]

また、漢字の字音と字訓を複合させた和漢混淆語(混種語)の存在も無視できない。和漢混淆語は、漢字の読みという観点からは「混読語」とも呼ぶ。混読は「雑(ぞう)」と「き(木)」で「雑木(ぞうき)」のように「音-訓」の組み合わせである重箱読み、「ゆう(夕)」と「刊(かん)」で「夕刊(ゆうかん)」のように「訓-音」の組み合わせである湯桶読みに細分され、日本語における変則的な漢字の用法ということで、非日本語話者向けの日本語教育の際などにおいて特に注意が払われている[29]

さらに「百足(むかで)」「燐寸(まっち)」のようなあて字を漢語的に「ひゃくそく」「りんすん」などと音読みすることもある。また、同じ意味の並列の語でも「凹凸(おうとつ)」「左右(さゆう)」は音読みで、「凸凹(でこぼこ)」「右左(みぎひだり)」は訓読みである。略語においては、大阪(おおさか)と神戸(こうべ)をあわせて「阪神(はんしん)」と読み方が訓から音へ変わるなどといった現象もみられる。


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