港町
町丁
川崎河港水門
.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯35度32分06秒 東経139度42分52秒 / 北緯35.53492度 東経139.71453度 / 35.53492; 139.71453
国 日本
都道府県 神奈川
市町村 川崎市
行政区川崎区
人口情報(2024年(令和6年)3月31日現在[1])
人口4,824 人
世帯数2,062 世帯
面積([2])
0.249519457 km²
人口密度19333.16 人/km²
設置日1937年(昭和12年)12月
郵便番号210-0807[3]
市外局番044(川崎MA)[4]
ナンバープレート川崎
ウィキポータル 日本の町・字
ウィキポータル 神奈川県
ウィキプロジェクト 日本の町・字
テンプレートを表示
港町(みなとちょう)は、神奈川県川崎市川崎区の町名である。住居表示が実施されているが、丁目は設けられていない[5]。面積は249519m2[2]。 川崎区の北西部に位置し、北は多摩川に臨む。北東は鈴木町、南は国道409号を挟み大師駅前2丁目・伊勢町・旭町2丁目・富士見、西は旭町1丁目に接する。町の北部を東西に京急大師線が走り、西部に港町駅が設けられている。駅の北側には東京電力久根崎変電所と日本コロムビア川崎事業所があった[6]が、その跡地は超高層マンション「リヴァリエ」となっている。美空ひばりの楽曲「港町十三番地」はこの地をイメージしているとされ、2012年には港町駅に記念碑が建てられた[7]。昭和初期に、多摩川から川崎市を横断する運河の計画が立てられた。運河建設は中止になったが、川崎河港水門がその名残をとどめる。水門の西側には、味の素川崎事業所の施設の一部が位置する。町の南部には東芝鋼管(現在の日鉄鋼管)の本社・工場があったが、現在はイトーヨーカドー川崎店やヤマダデンキ・BOOKOFF SUPER BAZAAR 409号川崎港町店からなる「ミナトマチプラザ」となっている[8]。町の西端から鈴木町南部、大師駅前2丁目にかけてはメルシャン川崎工場があった[9]が2003年に閉鎖され、跡地のうち港町にかかる部分はマンションとなっている。 1909年(明治42年)4月、日米蓄音機製造(現 日本コロムビア)が当地で操業を開始。同年5月には国産第1号のレコードを製造した[10]。1937年(昭和12年)に、川崎市堀之内・久根崎・小土呂・砂子・大師河原・新宿・中島・八幡塚の一部から設立された。1972年には、住居表示を実施し、旭町1丁目の一部を編入した。久根崎は六郷の渡しの船着き場として発展し、漁師の基地でもあったことからミナトと称され、町名はこれにちなむと考えられている[11]。日本コロムビアの屋上には1931年にネオンサインが設けられ、東海道線などで東京方面から帰宅する川崎市民に親しまれた。
地理
歴史