渋木 綾乃
SIBUKI Ayano
基本情報
生年月日 (1941-03-29) 1941年3月29日(83歳)
出身地長野県
ラテン文字SIBUKI Ayano
身長165cm[1]
体重61kg[1]
選手情報
ポジションレフト[2](エース)
獲得メダル
バレーボール
オリンピック
金1964 東京女子
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渋木 綾乃(しぶき あやの、現在の姓は八重樫[3]、1941年3月29日[1] - )は、日本の元女子バレーボール選手。1964年東京オリンピックバレーボール女子金メダリスト。 長野県岡谷市出身[3]。1959年度(昭和34年度)[4]に長野県岡谷東高等学校卒業後[5][注釈 1]、ヤシカに所属[5]。 東京オリンピック代表12名のうち、10名は日紡貝塚の選手。渋木はヤシカから唯一人、選出された。メンバー選考会では渋木の実戦向きなプレーと豊富なキャリアが評価されてメンバー入りが決定した[6]。長野県出身者として初の金メダリストとなった[7]。 東京オリンピック終了後(年代は不明)に結婚し、八重樫綾乃となった。
来歴
球歴
所属チーム履歴
岡谷東高校 → ヤシカ諏訪/ヤシカ
全日本代表としての主な国際大会出場歴
オリンピック - 1964年
脚注[脚注の使い方]
注釈^ 岡谷東高校の女子バレーボール部は1957年(昭和32年)の国体では全国3位の成績を収めている[4]。
出典^ a b c d “Ayano Shibuki
表
話
編
歴
バレーボール全日本女子 - 1964 東京五輪 (東洋の魔女) 1