日本の政治家清水 庄平しみず しょうへい
内閣府地方創生推進室より公表された肖像
生年月日 (1945-08-08) 1945年8月8日(78歳)
出生地 東京都北多摩郡砂川町(現在の立川市西砂町)
出身校日本大学法学部法律学科
前職多摩信用金庫従業員
自営業
立川市議会議員
東京都立川市長
所属政党(自由民主党→)
無所属
第19-22代東京都立川市長
当選回数4回
在任期間2007年9月8日 - 2023年9月7日
立川市議会議員
当選回数3回
在任期間1982年7月 - 1991年12月
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清水 庄平(しみず しょうへい、1945年(昭和20年)8月8日[1] - )は、日本の政治家。
東京都立川市長(4期)、立川市議会議員(3期)、立川市収入役(3期) 、東京都市収入役会長を務めた[1]。 4人兄弟の長男として東京都北多摩郡砂川町(現在の立川市西砂町)に生まれる。砂川町立西砂川小学校(現在の立川市立西砂小学校)、砂川町立砂川中学校(現在の立川市立立川第四中学校)、東京都立武蔵高等学校、日本大学法学部法律学科卒業。 1969年(昭和44年)4月、多摩中央信用金庫(現在の多摩信用金庫)に就職。その後、退職し、1972年(昭和47年)1月、家業の公衆浴場経営にあたる[1]。 1982年(昭和57年)6月、立川市議会議員選挙に自民党公認で出馬し、当選。以後、1986年・1990年と再選。 1991年(平成3年)12月、同市議を3期目途中で辞職し、立川市の収入役に就任。以後、1995年・1999年と再任[1]。 2003年(平成15年)6月、同市収入役を辞職し、同年8月31日執行の立川市長選挙に無所属で出馬するも、現職の青木久に2,274票差で敗れ落選。 2007年(平成19年)9月2日執行の立川市長選挙に、自民党の推薦を得て無所属で出馬し、初当選。投票率は、42.86%。 2011年(平成23年)9月4日執行の立川市長選挙において再選。投票率は、34.62%。 2015年(平成27年)8月9日執行の立川市長選挙において3選。投票率は、29.20%。 2019年(令和元年)9月1日執行の立川市長選挙に、自民党・公明党の推薦を得て立候補。対立候補は立憲民主党・国民民主党・日本共産党・社民党・生活者ネットワークの支持を受けた元都議の酒井大史[2]。投開票の結果、257票差の僅差で酒井を破り4選。投票率は、34.74%[3]。 2023年 (令和5年) 3月15日、今年9月3日執行の立川市長選挙に出馬せず、引退する意向を表明した。この市長選挙においては前都議の清水孝治を後継指名したが、清水は前回に引き続き立候補した酒井に敗れ落選した[4]。
概要
市政
立川市職員を128人削減[5]。
イケアを誘致[5]。
2013年(平成25年)11月、家庭ゴミの回収を有料化[6]。
2016年(平成28年)7月、受動喫煙防止対策として、立川駅の駅前に設置されていた喫煙所を廃止。清水は廃止の背景について「トップダウンで廃止を決めた」「喫煙所からたき火のような煙がもうもうと上がるのは、この街にふさわしくない」と述べている[7]。
2020年(令和2年)6月8日、新型コロナウイルス対策の財源に充てるため、自身と副市長、教育長の6月期末手当を10%減額する条例案を市議会定例会に提出。同日、同条例案は可決された[8]。
脚注^ a b c d “ ⇒プロフィール”. 2011年8月20日閲覧。
^ 竹谷直子 (2019年8月26日). “【東京】立川市長選告示来月1日投開票 現市政評価争点 舌戦火ぶた”
公職
先代
青木久東京都立川市長
2007年 - 2023年次代
酒井大史
表
話
編
歴
立川市長
官選
小川孝喜1941.2-1942.7
三浦碌郎1943.10-1946.10
公選
中嶋舜司1947.4-1951.4
板谷信一郎1951.4-1955.4
中嶋舜司1955.5-1959.4
桜井三男1959.5-1967.7
鈴木清1967.9-1971.9