混成軌道
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4つの sp3混成軌道3つの sp2混成軌道

混成軌道(こんせいきどう、: Hybrid orbital)とは、原子化学結合を形成する際に、新たに作られる原子軌道である。典型例は、炭素原子である。炭素は、sp3、sp2、spと呼ばれる、 3 種類の混成軌道を形成することができるが、このことが、有機化合物の多様性に大きく関わっている[1]。混成軌道の概念は、第2周期以降の原子を含む分子の幾何構造と、原子の結合の性質の説明において非常に有用である。
概要

原子は、混成軌道を形成することにより、化学結合を形成するのに適した状態(原子価結合法において原子価状態と呼ばれる状態)となることができる。新たに作られる軌道は、基本となる軌道とは異なるエネルギーや形状等を持つが、当初、この現象の成因として、異なる種類の軌道が混ぜ合わさったものだと考えられたため、混成(hybridization)と呼ばれるようになった。原子価殻電子対反発則(VSEPR則)と共に教えられることがあるものの、原子価結合および混成はVSEPRモデルとは実際に関係がない[2]

分子の構造は各原子と化学結合から成り立っているので、化学結合の構造が原子核電子との量子力学でどのように解釈されるかは分子の挙動を理論的に解明していく上で基盤となる。化学結合量子力学で扱う方法には主に、分子軌道法原子価結合法とがある。前者は分子の原子核と電子との全体を一括して取り扱う方法であるのに対して、原子価結合法では分子を、まず化学結合のところで切り分けた原子価状態と呼ばれる個々の原子と価電子の状態を想定する。次の段階として、分子の全体像を原子価状態を組み立てることで明らかにしてゆく。具体的には個々の原子の軌道や混成軌道をσ結合π結合の概念を使って組み上げることで、共有結合で構成された分子像を説明していくことになる。それゆえに、原子軌道から原子価状態を説明付ける際に利用する混成軌道の概念は原子価結合法の根本に位置すると考えられている。


歴史

ライナス・ポーリングは初め、メタン (CH4) といった分子の構造を説明するために混成理論を開発した[3]。この概念はメタンのような単純な化学系のために開発されたが、後により幅広く応用され、今日では有機化合物の構造を合理的に説明する有効な経験則であると考えられている。

混成理論は、分子軌道法ほど、定量的計算には実用的ではない。混成理論の問題点は、配位化学や有機金属化学において結合にd 軌道が関与する場合に特に顕著である。遷移元素化学において混成理論を用いることは可能であるが、一般的に正確ではない。

軌道は分子中の電子の挙動のモデル表現である。単純な混成の場合は、この近似は原子軌道に基づいている。炭素や窒素、酸素のようなより重い原子では、2sおよび2p軌道が原子軌道として用いられる。混成軌道はこれらの原子軌道の混合としたものと仮定され、様々な割合で互いを重ね合わせる。混成理論はこれらの仮定の下において最も適切であり、ルイス構造と等価な単純な軌道の描写を与える。混成は分子を描写するのに必要ではないが、この描写をより簡易に行うことができるようになる。
混成軌道と原子価状態

炭素の基底状態の電子配置は[He] 2s22p2である。そうすると原子価状態の軌道関数の特性から炭素の結合には2s軌道に帰結するものと、2p軌道に帰結するものの2種類存在することが示唆される。しかし、実際にはダイヤモンド結晶構造メタンの構造からは1種類の結合しか存在しないと考えられる。

元々、原子価結合法では水素分子の全電子の状態を表す際に、原子軌道の状態の重ね合わせを原子軌道一次結合で定式化した。この場合も原子価状態の軌道関数も、2s軌道と2p軌道の重ね合わせで生成する混成軌道関数で定式化することが可能である。そして実際には、混成軌道関数で表される原子価状態は共有結合の方向性とも矛盾しない。

混成軌道の定式化には色々な組み合わせが可能であり、生成した混成軌道は基となった原子軌道(s軌道、p軌道)の名称を使って、sp3軌道(関数)、sp2軌道(関数)、sp軌道(関数)、spd軌道(関数)と呼ばれる。

そして、重ね合わせが可能になるためには原子軌道のエネルギー準位が同程度であることが必要な為、もっぱら主量子数が同じ原子軌道間で混成軌道が生成する。そしてd軌道などについては同一主量子数の軌道よりも、1つ主量子数が大きい原子軌道の方がエネルギー準位差が小さいのでそちらの方の原子軌道と混成することもある。

このように第2周期以降の原子は複数の混成軌道を取ることができ、有機分子金属錯体などの分子構造多様性をもたらしている。しかし実際の分子では必ずしも理論的な混成軌道とは異なる結合角を取る場合も多く、非共有電子対が混成軌道に及ぼす立体的な影響は原子価殻電子対反発則として知られている。
sp3混成軌道関数

1つのs軌道と3つのp軌道の重ね合わせにより4つの混成軌道が定式化され、sp3混成軌道関数と呼ばれる。次に炭素の場合の例を示す。

ψ 1 = 1 2 ( ψ 2 s + ψ 2 p x + ψ 2 p y + ψ 2 p z ) {\displaystyle \psi _{1}={\frac {1}{2}}(\psi _{2s}+\psi _{2p_{x}}+\psi _{2p_{y}}+\psi _{2p_{z}})}

ψ 2 = 1 2 ( ψ 2 s + ψ 2 p x − ψ 2 p y − ψ 2 p z ) {\displaystyle \psi _{2}={\frac {1}{2}}(\psi _{2s}+\psi _{2p_{x}}-\psi _{2p_{y}}-\psi _{2p_{z}})}

ψ 3 = 1 2 ( ψ 2 s − ψ 2 p x + ψ 2 p y − ψ 2 p z ) {\displaystyle \psi _{3}={\frac {1}{2}}(\psi _{2s}-\psi _{2p_{x}}+\psi _{2p_{y}}-\psi _{2p_{z}})}

ψ 4 = 1 2 ( ψ 2 s − ψ 2 p x − ψ 2 p y + ψ 2 p z ) {\displaystyle \psi _{4}={\frac {1}{2}}(\psi _{2s}-\psi _{2p_{x}}-\psi _{2p_{y}}+\psi _{2p_{z}})}

これら4つの混成軌道が表す方向性は正四面体の頂点方向と一致し、正四面体中心から各頂点への軸同士の角度は109.5度で交差する。これはメタンの結合角とも合致する。

軌道混成理論によると、メタン中の価電子はエネルギー的に等しくなければならないが、メタンの光電子スペクトルは 12.7 eV(1つの電子対)と23 eV(3つの電子対)の2種のバンドを示す[4][5]。この明らかな矛盾は、sp3軌道が4つの水素原子の軌道と混合した時、さらにもう1つの軌道混合が起こると考えることで説明可能である。
sp2混成軌道関数

1つのs軌道と2つのp軌道の重ね合わせにより3つの混成軌道が定式化され、sp2混成軌道関数と呼ばれる。次に炭素の場合の例を示す。混成に加わらない軌道(2pz)をz軸に取ると、

ψ 1 = 1 / 3 ψ 2 s + 2 / 3 ψ 2 p x {\displaystyle \psi _{1}={\sqrt {1/3}}\psi _{2s}+{\sqrt {2/3}}\psi _{2p_{x}}}

ψ 2 = 1 / 3 ψ 2 s − 1 / 6 ψ 2 p x + 1 / 2 ψ 2 p y {\displaystyle \psi _{2}={\sqrt {1/3}}\psi _{2s}-{\sqrt {1/6}}\psi _{2p_{x}}+{\sqrt {1/2}}\psi _{2p_{y}}}


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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